雪の魔女の後始末
死の呪いからは解放されたけれど、あたしの冒険はそれで終わりではなかった。
運命神は次から次へと新たな問題を用意して来る。
赤いアマツバメ(たぶん。鳥の細かい種類は、あたしもシャリーラも専門外だ)っぽい姿に転生した彼氏とのコミュニケーションをどうしようか、と思ったりすると、さらに空からの来訪者が出現した。
改造バードマン、通称ペギラマンが2体、あたしたちを狙おうとした。
そう言えば、〈火吹山〉近くに巣食っているかも、と赤ツバメさんが言ってたのを思い出す。
体調はバッチリ、気分はスッキリ。だけど、こいつは強敵だ。
愛用の魔剣アス・ラルを構えて、この難局をどう切り抜けようかと思案していると、突然、突風が吹き込んで、1体が巻き込まれて、墜落した。
よし、ラッキー。
ロガーン様に感謝しつつ、もう1体が降下して来たのを、ニヤリと笑んで切り刻む。多少は傷つけられたけれども、何とか撃退に成功した。
『おお、誰かと思えば、女主人ではないか。こんなところで会おうとは、思いもよらず。縁とは不思議なものよな、ハハハハハ』
空に浮かんで、偉そうに腕組みしている太った巨漢には見覚えがあった。
「あんたは確か、プリズムの魔神(ジン)ね。こんなところで何をしているの?」
雪の魔女の洞窟を探索中に、出会った魔神だった。確か、願いごとを一つ聞いてやろうと言っていたのに、結局、洞窟の中では、あたしが強すぎて助けられることが何もない、とか言い訳して、消え去っていたわね。
もしかして、今まで、あたしにこっそり付きまとっていたわけ?
あたしの恥ずかしいところとか、いろいろ観察されていたと思えば、何だか腹立つ。
(その魔神の真の名を利用すれば、封じ込めることができるぞ。結構、役に立つ)
シャリーラがこっそり心にアドバイスしてくれた。
『そう言えば、女主人にはまだ願いを叶えていなかったな。ここで会ったのなら、ちょうどいい。さっきの質問に答えることを願いの一つと受け取ってよろしいか?』
いきなり出て来て、何て図々しい。
だけど、この魔神ジン君の、魔神らしからぬ、どこかあっけらかんとした大らかな態度は嫌いじゃない。
「あんたの専門は幻術であって、情報や謎解きは領分じゃないでしょう。こっちはあんたがここで何をしているかは興味がないし、専門外の下手な仕事で報酬をせしめようだなんて、詐欺師もいいところよ。ここはお互いにフェアに交渉と行きましょう」
『フェアな交渉と来たか。ならば、願いを決めるにしても、お互いの情報を知らせておくのは取り引きの枠外と心得た。我も、知り合いと会うのは久しいゆえ、積もる話を聞いてもらいたいと思っていた。話ぐらいはタダで聞かせてやろう』
「あたしの方は簡単。〈雪の魔女〉を倒して洞窟を脱出した後、死の呪いに苛まれたので、ここで呪いを解除する最終儀式を終わらせた。以上よ」
嘘はついていない。
シャリーラがあたしに憑依して、あたし自身が〈雪の魔女〉の実質的な後継者になっていること、この魔神を何かの器に改めて封じることは(たぶん)可能だということを黙っているだけ。
『よもや、魔女を倒して、死の呪いまで解除しただと? ただ者ではないと目しておったが、それほどの大魔法使いだったとは。もしや、貴女こそ、この山の主だったのでは? ならば、頼みがある』
何か勘違いしているみたいだけど、もしかすると、今のあたしなら、噂に名高い魔法使いを倒して、本当に〈火吹山〉の支配者になることだってできるかもしれない。
ところで、何を頼みたいの? 魔神に願いを聞いてもらうのではなくて、魔神から願われるって何だか新鮮。
『実は、故郷の〈風の精霊界〉に帰りたいのだが、そうするには強大な魔力を宿した転移門が必要でな。我一人の力ではそれを開くことが叶わんのだよ。貴女がもしも〈雪の魔女〉を倒すほどの力を持った大魔法使いであるのならば、我が願いを聞き届けてもらえないだろうか?』
できる?
心の中のシャリーラに尋ねてみると、
(できるだろうが、それをして、あたしたちに何の得がある? 封じて使役する方が明らかに得であろう)
確かにね。
だけど、そうやって魔神を侮って酷使して、相手の怒りを思いきり溜めまくって、結局は身の破滅を招いた愚かな魔法使いの前例をいろいろ聞いたんだよね。
やっぱ、こういう強大っぽい精霊との契約は、舐めてちゃいけないって思うんだ。
もちろん、あたしが自分で召喚して制御できる程度の魔神なら、自由に扱えばいいんだけど、たまたま運よくプリズムから解放しただけで、ろくに扱えもしない力にむやみに手を出すのは怖いと思う。
話し合いで目的が叶うなら、まずはそうする。力で無理強いというのは、どうしても必要な時に限るのが、スマートな盗賊の流儀ってことで。
(その慎重さとお人好しなところが、そなたから学んだあたしの美徳と解しよう。力で無理強いして、敵をいたずらに増やすのが愚かだとは学んだ。駆け引きや交渉ごとは任せよう)
こうして、あたしは魔神のジン君の話を聞いてやった。
洞窟が崩壊して、そこに蓄えられた強大な魔力も飛び散ったとき、ジン君は自らの復讐も為されたと考え(魔女の側近を名乗っていた自称・幻術師の男も、あたしの知らないところでジン君に見つかって惨殺されたらしい)、故郷に帰るための強大な魔力を求めて、この〈火吹山〉に渡って来たそうだ。
しかし、風の噂に聞いたところによると、この〈火吹山〉の魔法使いは、4大精霊を扱う魔術の達人で、〈雪の魔女〉に負けず劣らず邪悪そうなので、うかつに関わると、せっかく解放された身がまたも封じられてしまいやしないかと、危険を感じたとか。
そこで、はてどうしたものかと思いながら、この山の上空をふわふわ漂って下界を眺めていると、北からペギラマンの群れが飛んできた。魔女の不始末を処理するのも一興と思い、強大な風の魔力でプチプチ潰して遊んでいて、最後の2羽を見かけて潰そうと勇んでみたら、あたしと出会ったという。
『魔神の我が言うのも何だが、これぞ天の計らいと感じた。強大な魔女を倒した貴女なら、必ずや我の助けになろう。そのために、我にできることがあれば手伝わせて欲しい』
あたしにとっては、ペギラマンの群れを殲滅させてくれただけで十分なんだけどな。
アランシアの平和に十分貢献してくれたと思うよ。
それでも、確認したいことはあった。
「鳥の言葉は分かる?」
魔神は風の領域に所属する生き物なら、と肯定の返事をして、赤ツバメさんの言葉を通訳してくれた。
そのおかげで、あたしの予感(エルフの魂が自然界の永劫輪廻の奇跡で鳥に転生したこと)が正しかったと判明し、さらに今朝これから、ハンマーを取り戻したドワーフ王ジリブランがトロールとの決戦を開始するという鳥の世界のニュースを知ることになった。
こうしちゃいられない。
スタッブ君との約束を果たさなきゃ。
『あたしたちの問題が解決したら、必ずストーンブリッジに行くから』
『戦いが待っているなら、必ず助ける』
今のあたしにはそうするだけの力がある。
だから、魔神のジン君にこう願いを伝えた。
「風の力で、あたしをストーンブリッジの近く、ドワーフとトロールの決戦の地にまで運んで」
『運ぶだけでいいのだな。戦いそのものには手を貸せんぞ』
正直に言って、貸してくれた方が楽だと思ったけれど、そこまでは求められないだろう。力で無理強いしない限り。
「別にいいよ。これはドワーフとトロールの決戦だ。あたしは友だちとの約束を果たしに行く。そこに他人を巻き込みたくない」
『他人か。面白いことを言うな、女主人。貴女の秘めた魔力なら、その気になれば命令することもできようものを』
買いかぶりすぎ……とは言えなかった。
その気になれば、この魔神を力で支配できる。少なくとも、シャリーラはそうした。
今のあたしがそうしないのは、力の使い方に気持ちが付いて行ってないからだと思う。
過ぎたる力の行使には、戸惑いも覚えるので、心の慣れが必要だ。不慣れな力の扱いには慎重でなければ。
『まあいい。女主人の願いは、貴女を望みの戦場に送り届けること。その後は……我も好きにさせてもらう。ちょうど貴女の戦いに感化されて、自分でも暴れたいと思うやもしれんからな。では、これより参るとしよう。ハハハハハ』
こうして、あたし、リサ・パンツァは空からの救世主として、ストーンブリッジの戦いの歴史に名を連ねることになった。
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