ウルトロピカルな⭐️GT(ゲーム&トレジャー)島宇宙

南の島と上空の宇宙宮殿を舞台にTRPGや特撮ヒーローなどのおしゃべりブログ。D&Dやパグマイアなどの研鑽メイン。新たにファイティング・ファンタジーの今昔追跡話も展開中。

藤子不二雄作品の思い出

コミックとアニメの話

 

NOVA「今日は、昨夜の訃報記事の続きだ。俺は21世紀に入ってからの我孫子作品は語れない。例えば、ハットリくんは2004年に香取慎吾主演の実写映画が公開されたし、怪物くんは2010年に実写ドラマ化されている。しかし、両方見ていないんだよな。どうしても、80年代のアニメ、そして再放送で見た70年代の旧作アニメの思い出で語ることになる」

 

アスト「近年の話はできないってことか」

 

NOVA「ただ、昔、自分が見た思い出話は語れるし、今、ネットでにわかに調べて、興味を感じている部分は語れる。亡くなったことで故人の業績に改めて興味を持つようになったというか、俺的には『日本マンガ史の記録をたっぷり残してくれた歴史家』としての側面に敬意を示しているわけだ。記憶とか記録とかを黙せず語る、そして個人の思い出を語れば必然的に業界の秘話をあれこれ公開したことになる偉人だ」

 

アスト「トキワ荘の物語か」

NOVA「例えば、俺が21世紀で最も興味を持って追いかけたマンガ家は、特撮つながりで石ノ森章太郎さんになるし、その次にロボットつながりで永井豪さん絡みになる。藤子不二雄のご両名は幼少期の思い出として、今を語ることもなく、深入りしなかったわけで、しかも俺の興味は故人の藤本さんに向けられていたわけだ」

 

アスト「我孫子さんの作風にハマれなかったってことか?」

 

NOVA「いや、単純に現在の動向を知らなかったと言っていい。せめて『まんが道』でも読んでいたら、もっといろいろ語れるのかもしれないけど、俺のところはまんが研究が本義ではないし、その辺は俺よりもっと詳しい人間に任せるしかないわけで」

アスト「それでも、にわか勉強なりに感じ入ることはあるわけだな」

 

NOVA「ああ。その感じ入った部分を語る記事だ」

 

シスコン王子

 

NOVA「藤子不二雄作品で初めてアニメ化された作品がこれだな。1963年の話だ」

アスト「1963年って、日本最初のTVアニメ『鉄腕アトム』が始まった年じゃないか」

 

NOVA「ああ。20年近く前に俺が作った日本アニメ年表にも、詳細不明作品とある。さすがに20年前じゃ、wikipediaも今ほど充実した情報がないし、『シスコン王子』で検索してもよく分からなかったようだ。まあ、今だと随分とたくさん分かるようになっているんだがな」

アスト「シスコンと言っても、別に姉妹萌えの王子の話じゃないんだな」

 

NOVA「コーンフレークのシスコーンの宣伝も含めた人形アニメーションとのことだ」

アスト「人形アニメ? それはアニメに分類されるのか?」

 

NOVA「要は、こういうのだろう」

NOVA「シスコン王子は、人形をストップモーションで動かす日本初の試みで制作された画期的な作品らしいが、手間暇がかかる手法なこともあって短命で終わった。ストーリー内容は、『南の島エース島にあるエース国の王子であるシスコンが、大臣の娘でガールフレンドのチョコと共にスーパーカーのポニー号を駆って、悪党ブラックスターの率いる秘密結社・黒星党から島の平和を守るために戦う話』らしい。ピンチの時には、シスコーンを食べると知恵が湧くというのがアニメ版だそうだが」

 

アスト「ピンチな時に何かを食べてパワーアップというのは、ポパイ以来の伝統だな」

 

NOVA「ケロッグのコーンフロストなんかのCMでもよくやってたが、ヤッターマンのメカの素とかも懐かしい」

アスト「パックマンのパワーえさとか、スーパーマリオのキノコなどのパワーアップアイテムに通じる流れだな。とにかく、エース島という南の島設定は何だかウルトロピカっている気がするぜ」

 

オバケのQ太郎

 

NOVA「次にオバQの時代が来て、藤子マンガがブレイクするわけだな。連載開始は1964年。最初の白黒アニメは1965年で、特撮マニアとしては曽我町子さんがQちゃんの声をやっていたのがトピックと言えようか」

 

アスト「ところで、コンパーニュのマッスルG太郎は、もしかしてオバケのQ太郎を意識してるのか?」

 

NOVA「いや、全く。まあ、『カタカナ+アルファベット+太郎』というネーミングにつながりがあるのは事実だな。ともあれ、俺が最初に知ったQちゃんはカラー化された2作め(71年版)だ。1作めは特撮マニアとして面白いトピックに『ウルトラQとセットでQQタイムと呼ばれていた』ということを知った」

 

アスト「ええと、ウルトラQが66年だが?」

 

NOVA「オバQは65年から67年まで放送してる。TBSの日曜夜7時がウルトラQで、続く7時30分がオバQで、どちらも子供たちに大人気の作品だったそうだ。同時代を生きていなかった俺は、これまでウルトラQオバQをつなげて考えたことはなかったが、今だとクロニクルDとダイ大でDDタイムと呼んで楽しんでいるわけだし、ウルトラシリーズとこういう形でつなげられるなら、この場でオバQの話をしても、場違い感が減るわけだ」

 

アスト「大体、ここで藤子不二雄さんの話をすること自体、場違いだろうがよ」

 

NOVA「『パグマイアの鳥人』の話をするはずが、なぜかパーマンのバードマン(元スーパーマン)に話が流れて、俺は何の記事を書いてるんだよ、と思っていたら、我孫子さんの訃報が流れてきて、これも何かの縁かよ〜と頭ドンモモタロウになっている俺がいる」

 

アスト「訃報なんだから、さすがに祭りで笑えって空気じゃないけどな」

 

NOVA「故人の偉業を称えながら、改めて強い関心を持って語るのがファンとしての振る舞い方だな。オバQについては、石ノ森さんも手伝っていたという話も聞くし、だからこそ権利関係がいろいろ複雑になって、85年の3度めのアニメ化以降は原作本の絶版状態が続いた期間も長らくあったらしい」

 

アスト「そう言えば、実写ドラマにはなってないな。QちゃんがCGでゴーストバスターズみたいに実写化されるところを見てみたいぜ。CMだけでもいいからさ」

NOVA「今の技術でオバQ復活か。俺はあまり見たいとは思わないな。まあ、Qちゃんの後継者的なギャグ幽霊キャラの系譜とか語ると面白いかもしれんがな」

NOVA「オバQ最大の功績は、それまでシリアス路線で描いていた藤子マンガが日常コメディに転向する契機となった作品ってことだな。そして、その後の藤子アニメが活性化する起爆剤となったわけだし、80年代はジャンプアニメのブームであると共に、藤子アニメの盛り上がりも同時代的なトピックとして語れるわけだ」

 

怪物くん

 

NOVA「TVで今回の訃報を報じる際には、『さあ、始まるざますよ』のドラキュラ(肝付兼太さん)の声が定番になっている感じだ」

 

アスト「我孫子さんの代表作は、『怪物くん』になるのか」

 

NOVA「原作は65年に連載開始で、主人公の名前は怪物太郎だ」

 

アスト「また太郎かよ」

 

NOVA「アニメは68年の白黒旧作と、80年のカラー2作め。太郎が3匹のお供を連れて、悪い妖怪退治をするという点で、ドンブラとつなげることも可能」

 

アスト「オニシスターはどうなるんだよ?」

 

NOVA「ヒロインだから怪子ちゃんかな。とにかく主人公の少年と3つのしもべというキャラ配置は、桃太郎を初め、バビル2世や、少年ではないけど西遊記とか、ダルタニアンと三銃士とか、それなりに定番だよね」

 

アスト「怪物くんの特徴は、日常コメディだけでなく、悪い怪物退治のアクション物でもある点だな」

 

NOVA「タイミング的には、68年に初アニメ化された鬼太郎と同時期にアニメ化されているんだな。日本妖怪が中心の鬼太郎に対して、西洋モンスターを売りにしている。時期的には怪奇ホラーのハマー映画の影響なんだろうけど」

NOVA「1931年の『魔人ドラキュラ』以降のユニバーサル・モンスター映画の伝統と、57年の『フランケンシュタインの逆襲』以降のユニバーサル作品のリメイクを打ち出したハマー映画の流れに応じて、パロディー的に始まったのが『怪物くん』だな」

 

アスト「しかし、血の代わりにトマトジュースを飲むドラキュラとか、フンガーとしか喋らないフランケンとか、怪物料理の名コック設定のオオカミ男という独自色は、我孫子さんのセンスだろう?」

 

NOVA「ついでに手足が伸びる主人公の設定は、海賊ゴム人間に引き継がれているし、元ネタはファンタスティック・フォー(1961年)のリード・リチャーズなんだろうけど、アニメ化されて邦訳された『宇宙忍者ゴームズ』は何年だったかな」

アスト「検索してみたが、海外アニメのファンタスティック・フォーは67年で、日本で放送されたのは69年とある」

 

NOVA「つまり、日本でゴム人間設定が知られる前に、いち早く手足が伸びる怪物くんを生み出していた我孫子さんの先見性が凄いってことだな。とにかく、怪物くんはうちのブログ時空のコンパーニュの元ネタの一つだからな」

 

アスト「コンパーニュは、バビルの塔が元ネタで、日野木アリナのキャラ付けはバビル2世と怪物太郎が元ネタなんだっけ?」

 

NOVA「アイデア原案がサブロー氏ことたささんで、塔の主人で花粉症ガールの3人め、ヒノキ花粉がモチーフで、さらにヒノキアリとか、のじゃロリキャラまでを考えてくれた。コンパーニュは原案では、関西のどこかにあるはずだったんだけど、俺が九州の阿蘇のふもとでラドンの眷属という設定を入れて完成案に至る。その後、TRPG好きの女の子とか精霊ネットの管理人で物知り、かつ顔が広い神霊キャラにまで盛った形だな」

 

アスト「そして、3つのしもべか。ゲンブがフランケンで、ビャッコがオオカミ男で、セイリュウがドラキュラ執事というのが、原案だったと聞く」

 

NOVA「ゲンさんは怪力の武闘派で、シンカリオンでも同名のゲンブが出てたから、タイミング的にパクリにならないよう、ガメラの要素を加えて、カメおじさんと呼ばれたりも」

 

アスト「結局、ガメラをパクっているじゃないか」

 

NOVA「ガメラ愛を捧げていると言ってくれ。花粉症ガールやコンパーニュがメジャー化して、商業展開を始めることになれば、パクリネタを封印しないといけないんだが、アイデアの元ネタに既存の何かをイメージソースに使うのはOK。そこから、どう元ネタ色を払拭した独自性、オリジナリティを出せるかが勝負。大体、ガメラと腹筋崩壊をつなげるセンスはネタとして秀逸だと思ってるし、つながるものをどうつなげて話を面白く広げるかが、うちのブログの眼目なんだからな」

 

アスト「ビャッコとオオカミ男は、つながらないな」

 

NOVA「シロ君は一番、キャラ作りに困った記憶がある。キングシーサーの子で、リトルシーサーって設定は、翔花のライバルにしようという思惑だったので、怪物料理の名コック設定がかろうじてコンパーニュのスイーツパティシエという設定に残っている程度か。シンカリオンのビャッコとも似ても似つかないし、そもそもネコなのか、トラなのか、シーサーらしく獅子なのかすら、俺の中では未だに定まっていない」

 

アスト「それすら定まっていないのかよ!」

 

NOVA「定まっていないからこそ、変われる、成長できる、可能性の塊として便利に使えるキャラがいいかな、と。一応、定番セリフは『ボクはまだ未熟だ』と『許せない!』を考えていたんだけど、未熟はともかく、『許せない』は言わなくなったな。ギスギスしていたのが丸くなったというか」

 

アスト「セイリュウはドラキュラか」

 

NOVA「その設定は、結局、晶華を通じて、ダイアンナの方に移ったからな。先にコンパーニュという土台があったからこそ、それに応じたライバルチームとして、マーキュリー・バットの面々を構築できたわけだし」

 

アスト「オレのライバルはビャッコだな」

 

NOVA「同じスピードキャラで、シロ君はネコ科の獣属性で、お前は馬だ」

 

アスト「何で、オレが馬なんだよ」

 

NOVA「ナイトのシグマって格好良くないか?」

アスト「そっちがモチーフか。ならば許す。しかし、オレはまだ馬の力を十分に使いこなしていない」

 

NOVA「パグマイアの種族に馬が採用される日が来るのを待つんだな」

 

アスト「採用されるのか?」

 

NOVA「そんな予定はまったく聞いていない。というか、海賊サプリの次に出るのが、何かすら分かっていないのが現状だ」

 

アスト「だったら、寄り道を終えて、元の話に戻さないとな」

 

忍者ハットリくん

 

NOVA「これは64年に原作がスタートしたので、実は怪物くんより早いんだな」

 

アスト「だったら、何で怪物くんの後なんだ?」

 

NOVA「俺視点だと、79年に大山ドラが始まって、80年に怪物くんが始まって、81年に忍者ハットリくんが初アニメ化された流れだからな。ハットリくんの映像化作品は、66年の実写ドラマが先だ」

NOVA「当時の怪獣ブームに乗るように設定された忍者怪獣ジッポウが、怪獣マニアとしては注目に値する……と思う、たぶん」

 

アスト「何だよ、歯切れが悪いな」

 

NOVA「いや、俺、ジッポウをどう評価していいのか、分からないからな。現物を見ていない以上、評価しようがない」

NOVA「これだけ見ると、アニメ作品のようにも見えるが、OPだけアニメで中身は実写ドラマという変な放送のされ方をしたんだな。その後、パーマンと共演して、ジッポウも登場した劇場アニメが85年に作られて、TVアニメでも終盤に登場したそうだが、俺、その辺は見てないからなあ」

アスト「忍者にして怪獣。ジッポウって、お前の好きな属性キャラじゃないのか?」

 

NOVA「それはそうなんだが、どうも個人的に魅力を感じていない理由が、自分でも不明なんだな。たぶん、子どもの時はマスコット怪獣という響きに子どもに媚びた堕落を感じていたんじゃないだろうか。ブースカだって、ピグモンだって、好きじゃなかったし。大人になっても、ダイナのハネジローは受け付けられなかった。そういうのを普通に許容できるようになったのは、ウルトラマンメビウスのマケット怪獣リム(エレキング)からだ」

 

アスト「ウルトラセブンカプセル怪獣は?」

 

NOVA「そいつは普通に受け入れていた。察するに、怪獣が普通に喋る世界観がダメってことかな」

 

アスト「ピグモンは喋らないぞ」

 

NOVA「いや、イデ隊員の怪獣語翻訳機で喋っていたぞ。他にガヴァドンみたいな子どもたちが怪獣を応援する物語もダメで、だけどゴジラガメラみたいな人類の味方に転向した怪獣はOKだったから、子どもの価値観や感性に理由はないんだろう。無理に理屈をこじつけても粗が出るのは分かった」

 

アスト「とにかく、NOVAは訳もなく、忍者怪獣ジッポウを食わず嫌いしていたわけだな」

 

NOVA「存在は認知していたのに、ハットリくんの世界では異物と認定していたな。忍者犬の獅子丸は受け入れていたのに、忍者猫の影千代は受け入れていたのに、忍者怪獣だけは違和感を拭えなかった。まあ、今はそういう偏見はなくなったと思うが、昔はこうだったという記憶だな」

 

コンビを解消して

 

NOVA「ともあれ、自分が藤子アニメを熱心に見ていたのは大体、中学生ぐらいまでと判明。80年代半ばには一度、卒業していたことになる。だから、高校に入って以降の作品はチラ見程度にしか見ていないと言っていい。藤本さんと我孫子さんのコンビ解消の件も、別に大事とは受け止めていなかったし、藤本さんが亡くなったときも今回のようなショックは感じなかった。まあ、96年の時はそれどころじゃなかったからな」

 

アスト「じゃあ、どうして今はショックを感じているんだ?」

 

NOVA「そりゃあ、去年からいろいろな人が亡くなっていて、その延長に当たるからな。おまけに、どうしてブログで名前を挙げて、作品への興味が蘇ったタイミングで訃報が流れて来るんだよ。俺のブログはデスノートか?」

 

アスト「別に死ぬように念じて書いている訳ではあるまい。まあ、昔の思い出を書いていたら、70年代から80年代辺りにいろいろ印象的な作品を創って活躍していた御仁にお迎えが来ただけの話だ。別に、次に誰が亡くなりそうかなんて予言者ぶって喜んでいるわけでもないだろう?」

 

NOVA「当たり前だ。ともあれ、訃報が届いたことで、生前の氏の活躍について、いろいろと感じ入り直す機会になるのも事実。そして、今さらながらコンビ解消したことでファンとして残念なことが一つ」

 

アスト「何だそりゃ?」

 

NOVA「こういうコラボ作品が作られにくくなったことだな」

アスト「権利関係の問題で、藤本キャラのドラえもんパーマンと、我孫子キャラの怪物くんやハットリくんが共演作を作りにくいってことだな」

 

NOVA「作者の2人が仲違いしたわけではないが、遺族の方の運営する事務所の方針で、相容れなくなっていたみたいだからな。今回、我孫子さんが亡くなったことで、その辺の版権整理がどうなるかを気にしつつ、両キャラのコラボ映画が作られたら再び映画に行ってもいいかな、と考える俺がいる」

 

アスト「前にドラ映画を見たのはいつだよ?」

 

NOVA「2001年の『のび太と翼の勇者たち』だ。と言うのも、俺はどこかで『最近はドラえもん映画を見ていないんだな。一度でいいから、ジャイアン主演の映画があれば見てみたいものだが』と言っていたら、同時上映『がんばれ!ジャイアン!!』という形になったから見に行かざるを得なかったという話がある」

アスト「見に行かざるを得なかったって、見たくないのかよ?」

 

NOVA「いや、いい大人がドラ映画を喜んで見に行くなんて、当時はまだ何だか気恥ずかしくてさ。まあ、その後、毎年、仮面ライダー映画を嬉々として見に行く大人を20年以上も続けているとは予想もしていない時期だったわけだし。何にせよ、『ジャイアン主演の映画が作られたら見たい』と言っていた人間が、それが実現した時に見なかったとしたら、俺には夢や願望を語る資格はないと思い込んで、気合いを込めて見に行ったんだ」

 

アスト「つまり、願ったことなら責任を果たせってことか」

 

NOVA「当たり前だ。願うだけ願っておいて、いざ実現したときにスルーするなんて、願掛けの重要さの分かっていない所業だ。それじゃあ、選ばれし者にはなれない。やはり、願いごとは真剣に願わないと。よって、今ここに俺は願い、約束する。藤本キャラと我孫子キャラの合作藤子映画が令和の時代に作られたなら、喜んで俺は見に行く、と」

アスト「まあ、我孫子さんの訃報にかこつけて、結局、自分の見たいもの語りかよ。だが、まあいい。1980年代から今の令和の時代につなげるタイムスリップぶりに、ウルトロピカルな輝きを見たと言っておこう」

 

NOVA「おう。時代は移り変わるが、遺された想いを大事にして語り伝えられる大人の一人でいられることを嬉しく思うぜ。そして、少年期の俺たちに夢や冒険心を育んでくれた、素敵なクリエイターのW藤子不二雄の両氏にこの場でも繰り返し、ありがとうと伝えたく」

(当記事 完)