リサ=シャリーラの失態
どうして、あたしはまだ死なずに、生きているのだろう?
愛した男の亡骸の傍らで、自分にやがて訪れる死を待ちながら、疑問を覚えた。
死の呪いに最初に触れたのはあたしで、その後、あたしは男を道連れにした。死の呪いの罠を仕掛けたのは魔女シャリーラで、リサ・パンツァは魔女の陰謀に嵌められた被害者なのだけど、リサ=シャリーラとして一体化を遂げた現状では、どうでもいい話だ。
あたしは愛の道連れとして、エルフを死の呪いにはめて、女の手管を駆使して、その生命を奪った。彼の死に関して、あたしの罪は重い。
だから、あたし自身、共に死ぬはずだったのだ。
それなのに……あたしはまだ死なない。
どうして?
人とエルフの体力差が原因?
それとも、女は男よりも生命力が強いとでも言うの?
愛する男が先に死んで、自分一人が後に残される。そのように寂しくならないように、彼といっしょに……って思っていたのに、また、あたしだけ取り残された気分だった。
あたしは、愛剣の鞘から刃を引き出した。
呪いで死ねないなら、自らの喉を突いて死ねばいいのか?
それでも不死は得られるのか?
まるで有名な戯曲にある不幸な恋人同士ね。
仮死状態のヒロインを見て絶望した男が毒を飲んで先に逝き、それから息を吹き返したヒロインが運命の皮肉に泣き叫びながら、短刀で喉を突いて後追い自殺を図る悲劇の幕引き。
違うのは、あたしたちが呪われ、不死の存在として暗闇の世界にあり続ける予定だってこと。
だけど、ここに来て、あたしはとんでもない過ちを犯してしまっていたことに気づいた。
今は夜の河辺。
衝動的に愛の営みの舞台にしてしまったけれど、遮るものなき屋外なので、夜が明ければ、ここは陽の光にさらされる。
屋外で、吸血鬼に覚醒する予定の男女が共に横たわったまま、無防備に朝を迎えたら……永遠の命はたちまち灰になって燃え尽きてしまうだろう。
吸血鬼になりたいのは、陽光で焼かれて消滅したいためじゃない。
まったく衝動的で考えなしの行動だったとしか言えない。
盲目的な愛に突き動かされて、のぼせ上がっていたとしても、愚かしかったとしか言いようがない。
幸い、あたしはまだ生きていた。
今ならまだ間に合うはず。
彼の亡骸を運んで、陽の光の当たらない洞窟か、どこか安全な暗がりに身を潜めることはできるはず。
大体、自分が死んだ後のことを考えなさすぎた。
愛する彼と吸血鬼になるにしても、準備しないといけないものがいっぱいあるだろう。まずは、どこかの廃城や遺跡、納骨堂など安全に眠られる拠点を用意して、それから寝所代わりの棺桶だって必要だ。
吸血鬼としての人生(?)設計を考えなさすぎた。
一体、何年、吸血鬼をやって来たのよ、シャリーラ?
魔剣士の選択
考えてみれば、吸血鬼になった頃には、すでに氷魔神の従僕として〈水晶の洞窟〉という拠点を確保していた。
準備は万端整えたうえで、何不自由のない吸血鬼ライフを開始できたわけだ。
だけど、リサ・パンツァは拠点を持たずに旅三昧の暮らしで、長期滞在した場所といえば、シャリーラの知らない盗賊都市と、ダークウッドの森。
距離を考えるなら、近場のダークウッドで手頃な洞窟か地下室のある建物を探り当てるしかないだろう。
死があたしを追いつめるまでに。
もしくは、夜明けがあたしたちを焼き滅ぼす前に。
あと、2時間ほどはあるかしら。
快適な吸血鬼ライフを始めるのも、思ったより楽ではなさそうだ。
この場合、シャリーラ知識は、あまり役に立たなかった。もちろん、吸血鬼という魔物の特性は詳しい。何ができるか、何ができないか、どんな弱点を抱えているかなど、我がことのように思い出せる(我がことだったのは事実なんだけど)。だけど世間知らずなので、氷指山脈のことしか知らないし、闇の魔術で安全な避難所を設けることもできなかった。だって、広大な洞窟宮殿という安全な拠点があるのに、そのような呪文を習得しても無駄じゃない?
まさか、安全な洞窟が崩れ去り、こんな来たこともない南方の土地で、潜伏できる場所も持たずにいるなんて想定外だ。
リサの方が多少は土地勘がある。ダークウッドの南に行けば、実家の小屋がある。
そこで彼氏の遺体を運んで、「母さん、ただいま。悪いけど、あたしが眠る棺桶ある? 呪われちゃったので、吸血鬼としての新生活を始めたいんだけど、ついでに血を飲ませてくれる?」……そんなことを言ってる自分を想像してから、苦笑しつつ、慌ててその考えを否定した。
いくらあたしが親不孝気味な放蕩娘であっても、そんな実家帰りはしたくないな。最悪、退魔の秘術を心得た忍びの母に成敗されかねない。
そんな未来が予測できて、不死者(アンデッド)になるって選択は、思ったよりも生きづらいことを今さらながら気がついた。
幸い、お金ならある。
250枚ほどの金貨で始める吸血鬼ライフ……やっぱり棺桶代とか、マントとか、定期的に血が補充できる狩り場とか、用意しないといけないものがどれだけあるのか……。
改めていろいろと考えるうちに、吸血鬼ってものがさほど魅力的に思えなくなった。
これなら旅の冒険剣士の方がよほど、この世界で生きやすい。
何よりも陽光に怯えなくて済む。
たぶん、吸血鬼になってしまえば、ロガーン様からこういうお叱りを受けるのだろう。
きみは永遠に夜の闇に生きる魔物に成り果てたのだ。きみの冒険は終わった。
吸血鬼が英雄になるなんて、このアランシアで前例があるのかしら。
たぶんない。
吸血鬼になる選択をしたら、結局、冒険者として英雄を目指す夢が果たせなくなる。
あたし、リサ・パンツァはまだまだ冒険を続けたい。だったら、吸血鬼になるって選択はありえない。
(今さら何を言うんだい? そんな身勝手が通用すると思うのか?)
あたしの中のシャリーラがあたしに抵抗した。
いつまで上から目線の支配者のつもりだろう?
あたしだって、シャリーラだ。
そして、あたしなりの夢や欲望や判断がある。
どうして、シャリーラが吸血鬼にこだわるのか。
長年そうした不死の身で生き永らえて来たため、他の生き方、在り方を知らないのだ。自然と考えが保守的になる(歪んでいるので、世間一般の保守的とは大きく意味が違うけど。シャリーラの中での前例踏襲って意味合いだ)。
だけど、今のあたしたちの状況で、吸血鬼に転じることは明らかに損。ろくな生活基盤も持たない状況で、わざわざ生きにくい身に自分を落としめることは、シャリーラの知性で考えても、賢明でないことは分かるはずだ。
(しかし、あたしの体は死の呪いのせいで、じきに息絶え、吸血鬼になる定めなんだよ?)
けれど、それは今じゃない。
何のために、あたしと一つになりたかったの?
古きしがらみに縛られた状態を抜け出したかったからじゃないわけ?
もう一度、吸血鬼になってしまえば、同じことじゃない?
生きた肉体で違う人生を再スタートしたかったから、永遠の不死を捨てて、新たな器を手に入れたかったんでしょ?
だったら、できる限り生きて、生を満喫して、満ち足りてから死んでも遅くないはずよ。吸血鬼になるのは、十分準備ができてからの方がいい。
自問自答の末、リサの論理がシャリーラの凝り固まった考えを上回った。
だから、あたしは、より身軽になるために、しがらみから抜け出るように、足手まといとなった彼の亡骸を処理することにした。
彼がそう望んだんだし、約束は守らないと。
愛剣の刃を、それの左胸に押し当てる。
(な、何をする!? それはあたしが愛した男の体だぞ!)
そう、愛した。過去形だ。
今はただの肉塊でしかない。
冷静に考えて、あたしが生き永らえるのには邪魔だ。
(あたしはそこまで非情に考えられる女じゃない!)
悪いわね。涙はいっぱい流したの。しばらくは打ち止め。
(レッドスウィフトは、あたしと共に永遠を生きるはずの男なのだ)
彼はそう望まなかった。彼を愛しているなら、彼との約束は守ってあげないと。
(そんな約束なんて、どうでもいい。あたしは彼をあきらめない!)
あたしは彼の心臓を貫こうとした。
あたしは彼を消滅から守ろうとした。
あたしの心は一つに定まらなかった。
どちらもあたしの揺れる思い。右手の刃は動かない。
だから、あたしはもう一つの相棒に託した。
お願い、アス・ラル。
意志を持った魔剣は、あたしの心の声に応じるように目覚め、即座にリサ・パンツァの命に従った。
血に飢えた剣刃が、あたしの愛した男の左胸を貫き、不死の呪縛から解き放つ。
さよなら、赤ツバメさん。どうか自然の輪廻に還って。
シャリーラは号泣した。涙は凍りついたと言っていたはずなのに。
まるで、リサ・パンツァの方が冷酷非情な〈雪の魔女〉になったかのように、あたしは仲間を葬ったことを誇らしく、そして心にぽっかり開いた寂しさの痛みに耐えた。
同じ痛みは経験している。
スロムに続いて、もう一人。
それでも、あたしは自ら葬った仲間の死を乗り越えて、冒険の道を歩み続けるだろう。
にわかに風が吹き、エルフの亡骸を灰のようにボロボロと崩し、大気の中にさらって行った。
かすかに、ありがとう、と聞こえた気がした。
心の痛みを和らげるための幻聴かもしれないけれど。
ヤズトロモの声
リサ(ダイアンナ)「……ということで、あたしはシャリーラと一体化したうえで、彼女の思考とないまぜになった論理で、赤ツバメさんを解放したんだ」
アス・ラル(アスト)「最後に美味しい見せ場をもらったような感じだな」
リサ「あなたはあたしの愛するエルフの血をすすったんだから、彼の代わりよ。だから、彼の遺志を継いで、しっかりあたしを導いて」
アス・ラル「導くと言ってもなあ。結局、赤ツバメは『月岩山地にいるという癒し手(ヒーラー)』の情報を、リサに伝えずに逝ったんだろう?」
リサ「ああ。それは代わりにヤズトロモさんに教えてもらうから」
リバT『ヤズトロモさんと、ニカデマスさんと、癒し手ペン・ティ・コーラさん(名前は「タイタン」での後付け)の3人は、善の魔術師と呼ばれる親友同士でしたからね。本作ではブラックサンドの話こそ絡んで来ませんが、癒し手さんが「盗賊都市」初出のニカデマスさんを死の呪いから救ったというエピソードで、世界のリンクを表現していたわけです』
リサ「そういう背景も考えると、癒し手さんの情報はヤズトロモさんから聞く方が、リサ・パンツァの設定からでも辻褄合わせにちょうどいいってことさ」
アス・ラル「なるほどな。では、もう一つ。リサが死なずに済んでいるのは、『ダークエルフの【健康のポーション】を飲んだから』という理由があるわけだが、それにリサは気づいていないのか?」
リサ「リサも、シャリーラも、気づかなかったということで問題あるまい。プレイヤーが分かっていることでも、キャラクターが知らないような秘密もあるってことで」
リバT『確かに、ゲームブックでも「きみは知らないが、運よくオークの襲撃に巻き込まれずに済んだのだ。運点を1点加えること」という感じの記述があったりしますものね(例はテキトーですけど)』
リサ「小説でも、ゲームブックでも、主人公クラスの登場人物が気づいていない事実を、読者が作者から情報与えられて知る場面はいくらでも例が考えられる。FFゲームブックでは、きみ=プレイヤーの分身主人公なんだけど、プレイヤーとはやはり微妙な知識格差があるわけだ」
アス・ラル「それでも何らかの手掛かりぐらいは欲しいな。よし、赤ツバメの遺志を受け継いだオレは彼の遺品を指し示すぞ。ブンブンと何かを伝えるように、リサお嬢の右手を引っ張り、エルフの遺した背負い袋に刃先を向ける」
リサ「何、アス・ラル? まだ何か欲しいの?」
アス・ラル「ええと、アス・ラルってお嬢と思念で会話ができたんだよな。久々だから忘れていたけど、パントマイム(無言劇)に頼る必要がないわけだ」
リサ「この封印の解けた魔剣、リサにとっては頼れる相棒なんだけど、シャリーラにとっては己の願いを妨げた憎き仇敵なんだよね。だから、愛憎入り混じった視線を突きつけます」
アス・ラル「ちょっと、それはいただけないな。お嬢の中のシャリーラに対しては、オレも敵意を持っているが、リサ=シャリーラと一体化したものだから、どこかで折り合いをつけないとってプレイヤーは考える。だから、こう言うんだ。『血をすすったから、レッドスウィフトのエッセンスはオレの中にある』と」
リバT『すると、リサさんの中のシャリーラが反応して、「そなたが愛するレッドスウィフトの……」と感極まって、愛しげに刃を指先で撫でて、さらに頬擦りまでします。「もう何があっても離さない」と恋人の形見であるかのように執着します。もしも、ここが18禁でよければ、柄の部分で自慰行為までしそうな勢いで剣フェチっぷりを示そうとしますが……』
アス・ラル「やめろ。オレはそのための道具じゃない!」
リサ「さすがに、あたしのリサの部分もドン引きするわ。あたしの体を使って、変なことをしないで。そんな性癖、望んでいない」
リバT『「そなたが望もうと、望むまいと、リサとシャリーラは一つだ。おとなしく受け入れよ」と変態エロ魔女方面に突き進みそうな気配なので、誰か止めてください。このままだと不健全な攻略記事として、FFシリーズのモラルの枠を外れてしまいそうで……』
リサ「FT書房レーベルなら通用しそうだけど、シャリーラには自制するよう訴えます。あたしはシャリーラだけど、変態エロ魔女に魂を売ったつもりはない。大人の愛の味を初めて知ったばかりの元・生娘が過激なプレイにハマるようなアダルト路線に突き進むのは、禁じ手よ」
リバT『ハッと、シャリーラは己を取り戻します。「あたしとしたことが、生の営みに興奮して、我を忘れようとは。落ち着け、あたし。あたしは〈雪の魔女〉、知性的で、高尚な芸術文化をたしなんで、クールに、ダークに、人を睥睨して生きる女。決して、獣のような盲目的な愚かしい愛に現を抜かすような……ジュルッ。いかん、このままでは……しばらく眠りについて自分を取り戻さねば」 そう言ってリサさんの奥に引っ込みます』
リサ「シャリーラ、新しい芸風を開拓し始めたようね。恐ろしい娘。このまま色情霊(エロゴースト)に転がり落ちないように、あたしがしっかり管理しないと」
アス・ラル「何が何だか分からんが、とりあえず落ち着いたようだな、お嬢」
リサ「うん。で、赤ツバメさんのエッセンスを受け継いだアス・ラルだっけ。何が言いたかったの?」
アス・ラル「生前のエルフが読んでいた呪術書を開けてみな」
リサ「え? あれって嘘ばかりなんでしょう?」
アス・ラル「素人が読めば、騙されるようなことしか書いていない。しかし、知識のある人間がきちんと考えて読めば、嘘の中から真実を見極めることだってできるはずだ。魔女の知識を持つ今のお嬢なら、それができるんじゃないか。とりあえず、43ページを読んでみろよ。死霊術の項目だ。エルフがアンダーラインで重要そうな情報に線を引いてるぜ」
リサ「ええと、何々? 『闇の魔術は、死霊術と相性がいいが、同時に死霊術を制御するのにも用いられる。毒を盛って毒を製す』って、何、この誤字。この文脈で毒を盛ったり製したりしてどうするのよ。毒を以て毒を制す、の間違いでしょ。これだから、低品質な本は……」
アス・ラル「つまらない粗探しツッコミは置いておいて、中身を見るんだ」
リサ「分かってるわよ。続きはこうね。『ダークエルフは闇の魔術に長けているという者もいるが、証拠はあまりない。おそらくは、迷信の類であろう。例えば、ダークエルフの作る【健康のポーション】が、死の呪いを抑える効果があると主張する民間の呪医(ウィッチドクター)がいたが、彼の言葉は知性など感じさせない支離滅裂なもので、真面目に聞くに値しない。そもそも、ダークエルフの作るものが健康というポジティブな世界に関わってくるという時点で、賢明な読者諸兄は、未開の呪医の話の信憑性を筆者同様に疑って然るべきだろう。くれぐれもダークエルフ探しという愚行に走らんことを願うばかりである。連中の毒矢で命を落としたくないのであれば』 なるほど、この本が嘘だと頭ごなしに決めつけている部分の中に、真実が紛れ込んでいる可能性もあったのか」
アス・ラル「嘘だらけの本でも、全ての情報が嘘だとは限らないからな。嘘だらけの本が、嘘だと記述した内容は、本当である可能性が高い」
リサ「赤ツバメさん、必死に死の呪いを克服する方法を探していたのね。あなたの努力、無駄にしないわ。この体には、あなたの遺したエッセンスが刻まれているもの。あたしは死ぬまで、生きることを諦めない」
アス・ラル「さらに先を読んでみな。大事なことが書いてあるぜ」
リサ「ここね。結構、長いけど」
『死の神が下す呪いというものが各種ある。死は万人に平等に訪れるものだが、呪いは不公正な裁きを生者にもたらす。歪んだ狂気の世界に人の心を苛み、病魔のように肉体を蝕み、強力な呪詛であれば死して後も、おぞましいゾンビや食屍鬼の類に人を変貌せしめさえするであろう。読者諸兄がそのような呪いに関わらないことを心から願う。
『もしも、万が一、関わってしまった場合は、最寄りの神殿に相談するのもいいだろう。医者よりは確実……とまでは言えないが、亡者として呪いを周囲に振りまく前に神の力で癒されるか、少なくとも神の力で魂の安らぎが得られるであろう。死に対して、人の身でできることはあまりない。
『仮に死の呪いを癒せると主張する者が現れたら、それは詐欺師である。騙されないように。筆者の知る限り、歴史上で死の呪いを癒せた者など、神の使いを除けば皆無なのだから。怪しげな民間療法などもってのほかである。そんなものに期待するぐらいなら、神殿に寄進して、来世の救いを求める方がはるかに現実的というものである。くれぐれも強調しておく。世に言う癒し手は、ほぼ全てが詐欺師である。賢明な読者諸兄には言うまでもないことだろうが』
リサ「嘘だと決めつけてかかっていたけど、入門書としては一般常識的なことも書いてあるのね。だけど、死の呪いを癒せる者など皆無かあ。何で、これらの文に赤ツバメさんは線を引いたんだろう。あたしには絶望を煽るようにしか読めないんだけど」
リバT『記述を事細かに検討すれば、一文めは「筆者の知る限り」と「神の使いを除けば」という部分が、微かな希望に通じますね。この書物の筆者は、それなりの知性の持ち主と考えられますが、当然ながら狭い範囲の常識しか信用しないようです。筆者の知る範囲というのは、隠れた真実までは含まれないようです。あと、この世界の知識人の多くにありがちですが、神殿関係者だと考えられますね。民間の呪術医を見下しているようですし、呪術医はこういう類の書物をあまり残さないので、彼らの知恵の多くは秘儀として、世界の表舞台からは見過ごされがちです。
『確かに、癒し手と名乗る者の多くは詐欺師でしょう。しかし、ほぼ全ては全てではありません。十中八九が偽物でも、たった一つの本物がいれば、それは救い手になれる、という闇の中の微かな希望が赤ツバメさんの想いとともに伝わってきました』
リサ「そんなことをしている間に、夜が明けて、あたしは呪われた身に太陽の光を浴びる。パラグラフ30番、陽光を浴びて、技術点1、体力点1を失ってしまう。苦悶の喘ぎ声を漏らしながらも、あたしはまだ生きているって実感した。愛する赤ツバメさんが、自分の命を犠牲にして、あたしに生きる時間をくれたのだと感じ入る。いつまで生きられるかは分からないけど、死ぬまでにできることは少なくない。まずは……服を着る」
アス・ラル「って、ここまでのシーン、全部、裸だったのかよ」
リサ「そう思って、もう一度、前回の終わりから文章を読み直して、想像してみて。そこはかとないエロスが感じ取れるはずだから。ちょっとした叙述トリック風味の仕掛けね。後から一点、情報が加わることで、それまでの文章の意味やイメージが変わってくるような創作テクニック。映像込みでは表現できない手法ってことね」
アス・ラル「つまり、お嬢は裸で剣を握って、相手の心臓を貫いたのか」
リサ「もちろん、血まみれなんだけど、服を着ていなかったから、川で洗えば落ちる。赤ツバメさんの遺した衣服で汚れた体を拭いて、何とか身綺麗にしてから、リサ・パンツァ、新たなる旅立ちよ」
リバT『舞台設定とか、いろいろ考えていたのですね。では、クイーンのシナリオどおりに、一羽のカラスが飛来します』
リサ「ヴァーミスラックス! ヤズトロモさんの使い魔ね」
アス・ラル「どうしてここに? お嬢が連絡したのか?」
リサ「プレイヤーの発案だけど、リサは何もしていない。これからヤズトロモさんの塔に行って、呪いのことを相談しに行こうと思ったら、向こうが先に見つけてくれた場面で、リサも驚いている」
リバT『ヤズトロモさんは、先に塔を訪れたドワーフのアリマさんから、リサが〈雪の魔女の洞窟〉に突入したこと、その前に〈死の罠の地下迷宮〉を突破したという話も聞いたりしながら、もしもリサがダークウッドの周辺に帰って来たら知らせるように、森の獣や鳥たちに手配したり、塔に設置してある魔法の遠眼鏡で探り回ったりしているうちに、とうとうリサさんはヤズトロモ・マジカル監視網にとらえられたわけです』
アス・ラル「すると、昨夜の営みも魔術師の爺さんの知るところとなり……」
リバT『「放蕩娘がいろいろと外で騒ぎを起こした挙句、帰って来たと思ったら、河辺でエルフと抱き合って、一体、何をしているんじゃ?」というツッコミも入れたいところですが……』
リサ「ええと……乙女のあれこれ冒険? もう、乙女じゃなくなったけど、大人の階段を登ったから、大人の女性という意味でオトメを主張するわ」
リバT『「時間が足りないから、説明はかくかくしかじかで済ませよ」とヴァーミスラックスは主人の声を伝えます』
リサ「じゃあ、ここまでの冒険の流れを、かくかくしかじかでまとめます。とりあえず、〈死の罠の地下迷宮〉と、ここまでの〈雪の魔女の洞窟〉の攻略記事で書かれた内容ぐらいは」
リバT『「やれやれ。いろいろバカなことをしでかしもしたようじゃが、ここまで道を踏み外すことなく……って、う〜む、そう断言していいのかどうかは判じかねるが、とにかく、人として魔に屈することなく、生き長らえておるのは何よりじゃ。お前さんの冒険はまだ終わっていない」と、ヤズトロモさんは内心、頭を抱えたりもしながら、リサさんの冒険譚を評価します。正直、「雪の魔女の洞窟」の攻略で、主人公が〈雪の魔女〉になりましたってプレイは、スペシャルレアだと思いますよ。ヤズトロモさんも、どう扱っていいのやら、呆れ返っているのですが、リサさんに見えるのはカラスの表情なので、彼の気持ちは読みきれません』
アス・ラル「その辺は、読者の皆さんがヤズトロモになり代わって、それぞれツッコミを入れていいところだと思うぞ。コメント欄で、『面白い、もっとやれ』と好意的な評価がいただければ、ロガーン信者として当たりだったということで」
リサ「プレイヤーとしては、これ以上の悪ノリは難しいと思う。作者のダディも、常より筆が乗り過ぎではないだろうか。次のハードルが非常に高くなって、どうしようか、と思っているはず」
リバT『ここまでは、非常に絶好調に進めているんですよね。ところどころミスもありましたが、まあ、それは後ほどの総括記事に回すとして。そろそろゴールを見据えて、話を収束させなければなりません』
リサ「ねえねえ、ヤズトロモさん。この呪いを何とかしたいんだけど、ヤズトロモさんの力で何とかならない?」
リバT『「わしには無理じゃ。しかし、月岩山地に隠棲しているという古き友、癒し手(ヒーラー)ことペン・ティ・コーラ、あるいは老師ペンと呼ばれることもある賢者なら、助けとなるであろう。かつては、お前も知ってるニカデマスを〈死の呪い〉から救った男じゃ。代償は大きかったがの」と、ヤズトロモさんは癒し手こと老師ペンの情報を教えてくれます。そして、老師ペンの居場所は、山に住むエルフのアッシュという男が詳しいはず、と付け加えてくれます』
リサ「アッシュって……」
アス・ラル「オレの兄貴だ」
リバT『いや、名前は偶然、似ているけれど、違うでしょう。厳密には、レッドスウィフトさんのお兄さんです。旧訳では〈赤速〉に対して、〈秦皮〉(とねりこ)。漢字変換が意外と面倒というか、弟さんは自由を尊ぶ鳥で、お兄さんは地面に根差した木というのが似て非なる気質の持ち主だと想像できます』
リサ「ええと、勇者のお供をする金持ち武器商人ってわけじゃないのよね」
アス・ラル「それはトルネコだ。昔からのお約束っぽいボケを令和の時代に蘇らせるな。本記事では、アッシュと呼ぶぞ。4文字以内だから問題ない。意味としては、〈灰〉と間違えなければいいだろう」
リバT『マニアックには、ゾンビ(死霊)と戦うチェーンソー男というネタもあるのですが、ただの寄り道脱線なので、気になさらずとも結構』
アス・ラル「まあ、ヒロインが死霊に取り憑かれて……という意味では、当リプレイに通じるものもあるんだがな」
リサ「小ネタはさておき、これからあたしは月岩山地に行って、エルフのアッシュと出会い、彼の導きで癒し手のペン老師の居場所を探り当て、死の呪いから解放されることを目指せばいいんだな。ゴールは見えた」
リバT『あと、クイーンは好き勝手いじったシャリーラ魂との決着をどうつけるか考えてもらわないといけません。ゲームブックのプレイヤーキャラが、ラスボスと一体化する攻略リプレイなんて前代未聞ですから、本当に苦労したんですから(苦笑)』
リサ「でも、シャリーラは原作では、物語半ばで倒される可哀想なラスボスで、その後はシャリーラの遺した呪いがラスボスみたいなものだから、本リプレイは原作以上に彼女を大切に扱っていると評価してくれてもいいんだぞ」
リバT『愛を求める哀しき魔女、という設定にアレンジしたのは、ディズニー映画の影響ですよね』
リサ「まあ、オマージュ元の一つにはなるな。とにかく、次回か、長くてもその次の(その13)で終わらせて、あと最終総括のEX記事で完結予定だ」
アス・ラル「何とかギリギリ夏休み前に終わりそうだな」
リバT『では、今話の最後に、ヤズトロモさんの声を伝えるカラスが重要なことを、リサさんに伝えます』
リサ「何かしら? シナリオには書いていない話?」
リバT『ええ、私めが今後の展望を考えて、新たに挿入したエピソードです。どうか心して聞いて下さい。リサさんのお母さんのゼンギス出身の忍びさんは、現在、消息不明になっています』
リサ「え? どうして?」
リバT『ヤズトロモさんの話によれば、アズール卿の手の者が襲撃して来て、リサさんの育った森の小屋は焼き払われたそうです』
リサ「そんな! 母さんの安否は!?」
リバT『忍者母さんは刺客を返り討ちにし、ヤズトロモさんに旅に出ると告げたそうです。愛する家族を探すための旅だと言い残しておりました』
リサ「家族って、あたし? それとも父さん?」
リバT『さあ、そこまでは……とヤズトロモさんは言葉を濁しつつ、まあ、両方じゃろう、と結論づけます。そして、リサさんが戻って来ることがあれば、「あなたは自分の道を生きなさい。もう、子どもじゃないんだから。でも、生きていれば、いつかきっとまた会えるから。希望は捨てないこと。家は焼けちゃったから、帰って来てもダメよ。それに敵の見張りがついているから、油断しないように。自分の家を新しく築くといいわ。独り立ち、そして新しい家族を持ってもいい頃ね」とのメッセージを伝えるように……って、リサ、聞いておるか?』
リサ「生まれ育った家がもうない、という事実に、涙をこぼしそうになって、それでも子どもじゃないから目元をこすりながら、泣くのをこらえます。確かに、あたしは大人になったんだから、自分の家は自分で作らないと、と決意を固めます。好きな男とは離れ離れになったけれど、また新たな出会いがあるかもしれないし、何よりも、死の呪いを乗り越えないと、これからの人生も始められない」
リバT『「行くんじゃな、リサ」とヤズトロモさんは祖父のような声で、リサさんの決意を確認します』
リサ「ええ。あたしは自分の人生を終わらせない。死んで闇堕ちするようなのは最適解(グッドエンド)とは言わないんだから。この呪いは何としても終わらせてみせる!」
東の月岩山地が、朝の光を背景にそびえ立っていた。
そこには希望が輝いているのが見えた。
確か、あそこで宝探しの冒険をしているときに、父さんと母さんが出会ったんだっけ。
あたしの想い人はもういないけど、彼の帰れなかった故郷に、想いだけでも持って帰りたい。
彼の兄さんのアッシュさんに、彼の死を伝えるのも、最後の一夜を共にした者の責任かもしれない。そして、結局、彼を葬った罪についても、謝罪したい。
ここまでの旅で、失ったものは数多い。実家、友人、そして思いがけず秘密を分かち合って結ばれた運命の恋人。
みんな、あたしから去って行く。
だけど、命まで失ったわけじゃない。
傷ついたけれども、それでもまだ生きている。
失ったものへの過剰な執着のあまり、道を踏み外したりはしない。
だって、あたしは自由を尊ぶ冒険者だから、しがらみは捨て去って、呪縛から解放されるのがリサ・パンツァの生きる道。
そう覚悟を決めて、あたしは今回の〈雪の魔女の洞窟〉事件の最終章に突入する。
ロガーン神の導きのままに、あたしは自分の運命を生き直す。
(当記事 完)
リサ・パンツァ
・技術点12ー1
・体力点11/20
・運点11/13
・食料残り1食
・金貨:248枚
・所持品:アストラル・ソード、時間歪曲の指輪、背負い袋、戦槌(ウォーハンマー)、【勇気のお守り】(技術点+2)、スリングと鉄の玉1つ、金の指輪(冷気抵抗)、ドラゴンの卵、酸除けの盾(技術点+1)(青字は今回入手したアイテム)