ウルトロピカルな⭐️GT(ゲーム&トレジャー)島宇宙

南の島と上空の宇宙宮殿を舞台にTRPGや特撮ヒーローなどのおしゃべりブログ。今はFFゲームブックの攻略や懐古および新作情報や私的研鑽メイン。思い出したようにD&Dに触れたりも。

ゲームブックの面白さの評価基準について(その1、主人公編)

コメント文からもらえる記事ヒント

 

 先日、TAKAYANさんからコメントをいただいて、その際に、自分の『モンスター誕生』の過去記事や付随するコメントを読み直す機会がありました。

 それ以前のコメントレスで、いつも付けている難易度とは別に、ゲームブックの面白さを数値評価する基準が作れないかな、と考えて、

 

NPCとの絡み」「システムの楽しさ」「理不尽な展開の少なさ」「主人公設定の独自性」「プレイ終了時の満足度」の5観点が妥当かな

 

 と考えたわけですが、あまり活用して来なかったと思います。

 一応、次の記事で試してみたところ、『モンスター誕生』が8、『天空要塞アーロック』が3、『火吹山の魔法使い』が4となったわけですが、ここで問題なのは名作『火吹山の魔法使い』がそんなに低くていいのか? と。

 客観評価ではなくて、主観によるポイント付けとは言え、だったら自分は『火吹山』を高く評価していないのか、と問われたら、そんなことはない。

 シンプルにしてプリミティブとは言え、じっさいにプレイし直しても面白い作品だと考えます。せめて10段階評価のうちの5は付けていいのではないか、と考えます。5というのは、他の作品を比較する際の基準となる中央値ということで。

 そこで、改めて私的なゲームブックの面白さの評価基準を再考察してみる記事ってことで、またいろいろ振り返ってみようか、と。

 

①主人公設定について

 

 小説や映像作品について、主人公キャラに感情移入できるかどうかは面白さの基本だと思います。もちろん、主人公以外でも脇役キャラに感情移入することで、作品を楽しむこともできるわけですが、それはさておき、魅力的な主人公づくりは創作の基本です。

 

 あらゆる物語は「主人公が何をするか」という観点で、ストーリー骨子をまとめられるからです。「桃から生まれた桃太郎が、鬼退治をする話」とかはシンプルで分かりやすい。「まさかりをかついだ金太郎が、クマと相撲をとって成敗する話」……は微妙に違うな。

 ええと、金太郎は元々、主役ではない脇役従者キャラのスピンオフという出自がありまして、主役は大江山の鬼退治で有名な源頼光さん。頼光さんに仕える従者四天王(渡辺綱坂田金時碓井貞光卜部季武)の2番めの金時さんの幼少期の物語が『金太郎』ってことで、桃太郎でいうなら従者のサルの来歴を語ったような話ですな。

 桃太郎に出会う前のサルは乱暴者で、付近の動物をイジメまくる動物ガキ大将だったのが、その力量を認めた桃太郎のキビ団子で洗脳されて、いや、その美味しい味に惚れ込んで、「オレ様のパワーが悪い鬼を退治するのに役立つなら」と付いて行ったとか、そのサルの身内にはカニと戦って殺されたズルい奴がいたとか、桃太郎従者のクールな狼犬と、熱血豪快な巨漢猿は相性が悪くて、宥め役の知恵袋のキジがいたからこそ、成立したチームだとか、勝手な話を後から捏造したような感じで、

 金太郎も幼少期の物語がスピンオフで(たぶん)いろいろ捏造されたのが、クマと相撲をとった怪力キャラという個性で、印象が強まった。でも、しょせんは主役の頼光さんの従者その2であり、単独でも主役を張れる渡辺綱ほどの存在感は(大人になってからは)得られなかった。

 何せ、その綱さんは主君の頼光さんとともに、大江山の鬼、酒呑童子を倒すエピソードの他、単独でも京都の一条戻橋で鬼の茨木童子の腕を切り落としたエピソードで有名。つまり、鬼退治のエキスパートでもあるわけですな。

 ただ、そんな綱さんも、鬼の拠点である鬼ヶ島まで3匹の配下といっしょに乗り込んで成敗してきた桃太郎ほどのインパクトはない。やはり、鬼ヶ島という舞台のインパクトが大きいのかな。

 

 って、ゲームブックの主人公話をするはずが、どうして桃太郎や金太郎の鬼退治エピソードについて語っているんだろう >自分

 なお、碓井(うすい)という苗字どおり、影の薄い3番手の碓井貞光さんは、足柄山の力自慢の金太郎を見出して、主君の頼光さんに引き合わせた功績があり、単独エピソードだと神仏の加護を受けとるシーンが目立つ(読経中にお告げを聞いて温泉を発見したり、観音菩薩の加護で巨大な毒蛇退治をしたり)ので、TRPGなら信仰系のキャラになるのでしょうな。

 鬼退治のエキスパートの綱さんと、パワー自慢で獣との接点が強いバーバリアン風味の金ちゃんと、信仰系呪文が使える碓井さんと、4人めの卜部さんは別の信仰呪文の神社ゆかりのキャラっぽい。基本的に、日本のTRPGを作るなら、仏教系と神道系で異なる呪文体系にしないといけないのでしょうな。仏教がプリーストマジックで、神道はシャーマンマジックになるのか? とか、いろいろヴァリエーションを考えつつ、パーティーリーダーの勇者・頼光さんと4人の仲間たちで冒険RPGを考えるのも一興かな。

 それにしても、ゲームブックでも桃太郎を主役にした作品はあるのに、金太郎を主役にしたものはない辺り、金太郎は脇役キャラが似合うってことですね。一応、こんな作品はあったりするのですが。

 童話の金太郎とは何の関係もないので、あしからず。

 

 大幅に脱線している話をFFゲームブックに戻して、基本的に同シリーズでは、主人公は一部作品を除いて、無色透明で名称不明の「きみ」である。

 とりわけ、リビングストン作品は主人公が「冒険を求める放浪の剣士」であることが定番で、その中で解決すべき問題が「背景」で描かれる。

 一方で、英ジャクソンの方は、システムや背景世界の変化に合わせて、主人公も個性的で一枚岩では語れない。

 だから、FFシリーズの持つ無色透明主人公のイメージは、もっぱらリビングストンが構築してきた印象だろう。

 そして無色透明な主人公の背景や性格設定は、プレイヤーが自由に決められる。冒険に乗り気であるという前提さえ踏み外さないなら、問題なくプレイできる。臆病すぎるキャラはプレイしにくいが、慎重なキャラで避けられる危険は避けようとするぐらいなら許される。まあ、親切で大胆不敵なキャラの方が、大体は冒険者として推奨されがちだろうが。

 

 で、ゲームブックの主人公は当然、読者であるプレイヤーの意思に応じてアクティブに行動しているので、ほぼ読み手の分身として扱われる。

 分身である以上は、あまり奇抜な設定にしない方がいいのだが、英ジャクソンは「モンスター」というキャラクターを用意して、FF史上、最もトリッキーな作品を書き上げた。主人公の個性としては、最も異色である。

 その後、時を経て描かれた『サラモニスの秘密』では、名もなき少年主人公が一般人から冒険者として王国の王子を助ける手柄を立てて、大成するというショートキャンペーンを紡ぎ上げた。また、攻略次第では、ジャクソン単独初作の『バルサスの要塞』の主人公(ヨーレの森の大魔法使いの弟子)になる可能性を示唆しており、

 主人公の意外な正体が終盤で読者に分かる、という『モンスター誕生』と同様のアハ体験、自己のアイデンティティの探求に帰結したりもする。

 ジャクソンのゲームブックでは、しばしばボス敵退治よりも、何かの探求・調査がテーマになることが多い。羅列すると、

 

  • 火吹山の魔法使い:魔法使いの宝を求めて、ダンジョンに入る。魔法使いザゴールを倒すことが目的ではなく、倒した後で、宝箱の鍵を開いて財宝入手がゴールである。
  • バルサスの要塞:自ら魔法戦士となって、世界を脅かす妖術使いのバルサス・ダイアを倒す。ジャクソン唯一のボス敵退治が目的の主人公である(他の作品では、真の目的を達成するための難関としてボス退治が用意されている)。
  • さまよえる宇宙船:主人公は宇宙船の船長である変わり種。目的は、次元転移した別宇宙から、自分たちの故郷に戻るための時間・空間座標の情報探し。ジャクソンの情報指向、謎解きメインのストーリーを初めて本格的に導入。
  • ソーサリー:主人公は国の密命を帯びて旅立った戦士もしくは魔法戦士。目的は、マンパンの大魔王に奪われた『王の冠』を取り戻すこと。そのために丘を越え、通過地点である城砦都市からの脱出を目指し、荒野を旅しながらスパイの七蛇を排除し、マンパン砦の大魔王を倒して、冠を持ち帰ってめでたしめでたし、と。ゲームブック初の連作長編ストーリーの傑作として名高い。
  • 地獄の館:悪魔崇拝者や吸血鬼主人の支配する幽霊屋敷に偶然、迷い込んだ一般人が主人公。恐怖点ルールの採用により、肉体的なダメージのほか、精神的ダメージによっても死ぬFF史上最も弱い主人公となった。新作『サラモニスの秘密』が出るまでは。とにかく、現代ホラーを舞台とした内容で、ファンタジー世界やSF世界の住人に比べても戦闘能力を持たない一般人である。まあ、武器さえ入手できれば、普通に戦えて、FF界でも最強ボーナスと名高い武器+6のクリス・ナイフを活用することで、ラスボスの激強悪魔にも勝てるというヒーロー性も勝ち得る(それまでに何回も死ぬだろうけど)。別バージョンでは、セーラー服の萌え女子高生を主人公にできるけど、その魅力はTAKAYANさんのところを参照あれ
  • サイボーグを倒せ:主人公はタイタン・シティを悪漢の手から守るアメコミ・スーパーヒーロー。一応、タイトルは「サイボーグを倒せ」だが、それが目的ではなくて、「数多くの悪漢の手から街の平和を守ること」が第一義の目的である。そのために、ヒーローは敵を倒しても、殺してはならないとルールに明記されている。敵の体力点を1か2にすれば、戦闘不能に追い込んだことになるので、うっかりゼロにしないように。とにかく、4種あるスーパーヒーローの特殊能力で、4通りの物語を楽しめるのが最大の特徴。DCやマーベルのヒーロー映画が好きなら、超お勧めの作品。日本のスーパーヒーローとしては、メカ要素が不足して地味かな。
  • モンスター誕生:モンスターが主人公で、ダンジョンの奥から自分探しの試練を行なっていくジャクソン最大の異色作。「攻撃力決定のダイスがゾロ目で相手が死ぬ」「敵からの攻撃で受けるダメージが通常の2点でなく1点」という攻防有利なルールのために、最強主人公の呼び声高いモンスター主人公だが、トラップや仕掛けの多いダンジョンと、過酷な外界の探索行は容易に、もしくはジワジワとゲームオーバーにさせる。正解ルートを見つけるのが最も困難と言えるゲームブック。パラグラフ・ジャンプの連続は解析困難だが、仕掛けを知って上手くハマると非常に快でもある。パズル的な楽しさも堪能できる傑作。
  • サラモニスの秘密:FF40周年記念、および70作記念のジャクソン最新作。主人公は冒険者志望の少年で、初期の能力値は歴代最弱。そこから、どう成長させるかを楽しめる自由度の高い作品。冒険者ギルドに入会するまでの窮乏生活から、晴れて冒険者になっての事件解決冒険譚、その中でこの地を脅かす謎を解明し、クライマックスの魔物群との決着まで、一作で少年が勇者に成長する過程を経験できる。そして、攻略ルートによっては『バルサスの要塞』の主人公になったり、『モンスター誕生』のボス敵ザラダン・マーの軍隊に参加したりもできるクロスオーバーも楽しい。

 

 イギリスのジャクソン作品は以上になりますが、もう毎回、異なる主人公なもので、ソーサリーを除くと、連続キャンペーンにはできないな、と。

 さすがに、『さまよえる宇宙船』の船長が、マンパン砦に向かったり、幽霊屋敷に囚われたり、スーパーヒーローになったり、マランハで改造されたりする話にはできませんので。

 まあ、ジャクソンならではのクロスオーバーは、『地獄の館』にバルサスの名前が確認されたり、タイタン・シティの書店に『火吹山の魔法使い』の本が売っていたりするぐらい。

 そして『モンスター誕生』で初めてアランシア設定を使って、『バルサスの要塞』とリンクしたりして、小説『トロール牙峠戦争』につながったり、『サラモニスの秘密』でもクロスオーバー展開がある程度。

 とにかく、ジャクソンのゲームブックの魅力は、世界設定や主人公のヴァリエーションの豊かさと、パラグラフ構造に込められたトリッキーな仕掛けの数々ですな。

 

 そして、主人公の魅力で点数を付けた場合、個性的で面白い=◎、プレイヤーの分身として普通に楽しめる=◯、プレイヤーの感情移入を妨げる=△という基準で考えると、以下のとおりですな。

 

 

 ◎については、魔法使いとか、スーパーヒーローとか、モンスターとか、個性的な能力もあって、ルールと設定が噛み合った感も含めて、素晴らしい。キャラが立ったとも言えるし、ゲームとしても楽しい設定の主人公。

 ◯は普通ですが、『サラモニスの秘密』の少年主人公は育成自由度の高さから、ゲーム的には感情移入しやすい。ただ、個性的かと言われると、「冒険者に憧れる少年」というのは他のゲームや小説でも多用される凡庸な設定なんですね。大ベテランのジャクソンが久々に描いたからこそ、この作者にしては新鮮だけど……となる。懐旧は覚える設定なので、それは好きなんですけど、設定そのものは至って普通。まあ、これから成長する無色透明な原石と考えると、成長後の「綴り魔法使い」としての評価は◎になるかな。成長パターンの多彩さは、システムとしての魅力であって、主人公の個性という観点では別物という判断です。

 そして△。『さまよえる宇宙船』は、宇宙船トラベラー号の船長という設定は個性的ですけど、同時に他の乗員も設定されるために、集団に埋没して個性が激減したと考えます。プレイしての感情移入もしにくいですし、何だかゲームのコマの一つとしての扱いのようで。船長としての特殊能力も特に設定されていなくて、専門家の科学官や技術官などの方がキャラ立ちしているとも言える。一人のキャラとしてのトラベラー号の船長は、その役職の独自性に反して、魅力の薄いキャラになってしまったと判断します。

 一方、『地獄の館』の主人公も、凡庸な一般人がギャーギャーとかキャーキャー悲鳴をあげまくっているだけで、それが魅力的かというと……やはりヒロインならいいのかな。ホビージャパンの萌えFFは、基本的に反対派だったんだけど、このホラー作品というジャンルでは英断と評価します。マキ・ヒイラギだったら◎を付けますよ。可愛いは正義。涙目も正義。しかし、それはジャクソンの作品と違う2次創作であって、原典の主人公は典型的な巻き込まれ型主人公で、他の作品にある主体性というものが甚だしく欠如している。

 これがもしも主人公としてキャラ立てしようと思えば、最初は恐怖で怯えるだけの主人公がどこかで覚醒して勇気を充填、館の主人に対して反抗するよう決意する場面が欲しい。イベントで「勇気に目覚めたから、恐怖限界点が3上がった」とかをクリスナイフ入手時や、NPCから情報を受けとったときとかにイベント追加すれば、ただの幽霊屋敷脱出譚をアクションホラーの方向にブラッシュアップできたろうな。

 ともあれ、ヒーロー物として考えるなら、悪魔の生け贄にされる人々を目の当たりにして、助けようとする選択肢がバッドエンドなのはいただけません。もう、悪魔の生け贄の儀式を見たら、ゲームの攻略として詰んでいるのが、このゲームのヒーロー性の欠如ですからね。なるべく怖い目にあうのを避けて、最低限の危険でこそこそ逃げ延びるのが正解。主人公はヒーローでない一般人なので、他人を助けることはできずに、自分一人で屋敷を脱出するしかないというのは、魅力ある主人公とは言えないな、と。

 

①‘リビングストン作品に見られる主人公像

 

 さて、無色透明な主人公像、というのが一般的なFF主人公のイメージですが、スティーブ・ジャクソンの作品については、必ずしもそうではない、というのが前項の内容ですな。

 とりわけ、『サイボーグを倒せ』のスーパーヒーロー主人公ジーン・ラファイエット、又の名をシルバー・クルセイダーは、FFシリーズ初の固有名詞ありの主人公で、独特の個性を放っている。

 この辺りから、FFシリーズの主人公は、単なる旅の冒険者という無色透明スタイルから、独自の個性を備えた(小説っぽい)主人公像への転換を意図したのではないか。

 もちろん、SFや八幡国といった世界観に合わせたキャラ付けの変化もあるが、同じファンタジーでもエルフとか、盗賊とか、王子とか、FF20巻台になると、特殊な背景事情を持ったキャラが主人公に抜擢されるようになって、ただの無色透明な(プレイヤーが自由に味付けできる)ゲームの駒から脱却していく。

 その中で、無色透明主人公を定着させたFF王道のリビングストンの作風にも変化が見られるわけですが、本項では、そのリビングストン主人公像について、考察したいな、と。

 そして、同じFFゲームブックでも、ジャクソン風の個性派主人公と、リビングストン風の定番剣士を同じ基準で比較すれば、リビングストンの主人公は無個性でつまらないというハンデを抱えることになる。だけど、じっさいにプレイすると、リビングストンの主人公はリビングストンの描く冒険の中で、個性が見え隠れするのである。つまり、似たようなキャラであっても、NPCとの絡みで個性が見えてきたりするわけで、そこも分析して評点としていきたい、と。

 

  • 運命の森:火吹山は前述したので、ここから。まず、リビングストンはこの段階で、旅慣れた百戦錬磨の冒険剣士を提示した。これは初の野外冒険だから、D&Dで言うところのエキスパートルールを意識したのかもしれないし、既存の『火吹山』『バルサス』を読者が経験したことを前提に、ドラゴンを退治したりしながら、冒険に慣れている読者を意識した設定だろう。そして、そんな強い設定のベテランだから、ダークウッドの森での冒険はピクニック気分である。強敵もいるにはいるが、それより厄介なのは、複雑に入り組んだ森の通路。その中でキーアイテムのハンマーを探して、さまよい歩くクエストは、ドワーフの村ストーンブリッジに至って、世界の広がりを見せ始める。
  • 盗賊都市:交易都市シルバートンを訪れた旅の剣士。何なら火吹山や運命の森の続きとしても楽しめる、汎用性の高い設定である。リビングストン作品は、一作一作の主人公の個性よりも、ゲームブックをシリーズとして展開するうえでの、続編感覚に満ちている。前の冒険で使ったキャラを、次の作品でも使っていいよ、と。もちろん入手アイテムや資金なんかは持ち越せないけど(プレイヤーがストーリー内で自己判断できるなら持ち込むのも自由)、いつもの旅の剣士が今度はどんな活躍をするのか? という連続冒険譚としてシリーズ展開しているわけだね。そして、悪党だらけの盗賊都市ポート・ブラックサンドで熟練剣士がドタバタしながら、魔法使いニカデマスに見込まれて、不死の王ザンバー・ボーンの脅威に立ち向かう。しかし、市内イベントの一つでしかないアズール卿の馬車が人気を博すとは、執筆時点ではリビングストンさんも想定していなかったんじゃないかなあ。
  • 死の罠の地下迷宮:ストーンブリッジ、ブラックサンドに続く新都市はファング。〈迷宮探検競技〉というイベント祭りで賑わう場所である。その競技に参加しようと決めた腕っぷし自慢のベテラン剣士、それが今作の主人公だが、もちろん、火吹山、運命の森、盗賊都市からの続投も可能である。ましてや、今作では「ブラックサンドと地理的につながっている」ことを明言している。火吹山、ダークウッド、ブラックサンドのつながりは後付けだけど、ファングがブラックサンドと同一世界にあると明記されて、続編っぽさを初めて世界観的に強調。そして、リビングストン初の忍者登場とか、FF世界の背景の広がりが豊かになっていく流れが興味深い。そして、競技に優勝した主人公がもらえる破格の報酬。まあ、何に使えばいいのかは不明なんだけど。
  • トカゲ王の島:とりあえず、お金がいっぱいになったので、南の島でバカンスかな? という発想で書いたのかは定かじゃありませんが、ブラックサンドの南という位置関係や、親友マンゴの父親が〈迷宮探検競技〉の参加者だったという話から、世界観はますますつながっていくことに。主人公は、マンゴという旧友を訪ねに南の漁村を訪れてみたら、トカゲ王の侵略を知って、親友とともに征伐に向かうことに。あっさり死んだ親友のためにも、単身でトカゲ王の軍勢に立ち向かうべく冒険を続けるわけですが、ただの素人の発想じゃありませんよね。数々の悪党を倒してきて、〈死の罠の地下迷宮〉すら制覇した経験豊富な勇者だからこそ、鉱山奴隷の反乱を扇動して、トカゲ王すら単身で仕留めに行くことができる。回を重ねるにつれて、冒険のスケールが上がって、今度は戦争だって流れ。
  • 雪の魔女の洞窟:南のジャングルなどで冒険した後は、北の雪と氷の世界で邪悪な魔女退治……と思ったら、ストーリー半ばでボス魔女を倒して、えっと思ってみたら、何だかファングや火吹山、ストーンブリッジ、それに盗賊都市のニカデマスさんなどの話が出てきて、これまでの物語がつながったよ。しかも、月岩山地までつながって『バルサスの要塞』も同じ世界だと確定。ただし、『運命の森』については、例のハンマー捜索中ということで、本作の方が前日譚扱いですね。この世界観がつながる快感というのが、リビングストンさんの真骨頂になったのかな。そして……
  • 火吹山の魔法使いふたたび:『フリーウェイの戦士』『恐怖の神殿』『迷宮探検競技』『甦る妖術使い』の4作および未邦訳作品は当ブログで未攻略なので今回は割愛して、スタートに戻ります。リビングストン作品は、キャラクターの個性重視の第3世代RPGではなくて、背景世界重視の第2世代RPGに該当しますので、とにかくアランシアの世界を広げることに終始したんですね。まあ、『フリーウェイ』の方は、システム重視の第1世代RPGっぽいリビングストン最大の異色作ですが。ともあれ、50作記念で、あのザゴールさんが大幅パワーアップして帰って来ましたよ。ヤズトロモさんの偽者まで用意して、主人公の暗殺を図るだけじゃなく、迷宮も大規模改装して、歴戦の冒険者に挑戦状を叩きつけるリビングストンさん、いや、ザゴール。ええと、昔とった杵柄で苦戦しましたが、何とかクリアしました。ここから自分のFF冒険者としての新たな戦いが始まった感です。
  • 危難の港:そして落ちぶれた冒険者が残飯漁りになってしまって、昔とった杵柄よ、もう一度、と偶然入手した宝の地図を頼りに、罠だらけのダンジョンを命からがら切り抜けてみたら、嫁と出会って、懐かしのヤズトロモさんやニカデマスさんとも再会して、何だかんだ言って復活したザンバー・ボーンを新兵器のフリントロック銃で仕留めて、いろいろ懐かしんだ物語。とにかく、残飯漁りからスタートというインパクトがすごい。ここから再びスロムとか、マンゴとか、ビッグレッグの従弟とか、FF懐古譚を味わうことになりました。
  • アランシアの暗殺者:で、今度の敵はアズール卿の差し向けた13人の暗殺者。残飯漁りが暗殺者ハンターになって活躍し、生きていたスロムとも再会して共闘する、懐かしさも交えた冒険譚。襲い来る暗殺者をバッタバッタと討ち払う剣豪小説とか、『忍風カムイ外伝』みたいな抜け忍ものをプレイしている気になりましたよ。
  • 巨人の影:今度の敵は、火吹山から復活して来た巨人ゴーレムが4体。そいつらを倒す方法を求めて、40周年で賑わう街ハーメリンに行って、何だか『盗賊都市』っぽいなあと思っていたら、師匠格のマリクは『トカゲ王の島』での戦いに参加していたとか? FFコレクション3で同作をプレイした後にこちらをプレイすると、「おおっ、あの時の戦いにマリクさんもいたのか」と時代を越えて物語がつながった感を覚えました。近年のリビングストン作品は、旧作とのクロスオーバーを意識して書いているようで、懐古ネタの好きな自分のツボにハマることが多いですね。それでいて、ストーリー展開は新鮮な要素もあって、飽きさせないなあ、と思ってます。

 

 ということで、リビングストン作品の主人公の魅力(だけ)を語ろうと思ったら、勢いづいて作品内容にも踏み込んだというか、リビングストン作品は背景重視で、主人公のキャラ性はプレイヤーに任せたということですな。

 こうなると、リビングストン主人公の魅力は「歴戦の冒険者らしい落ち着き具合(あまり感情を荒げず冷静沈着に徹する)」「NPCとの会話に見られるユーモアセンス(たまに見られる受け答えが寡黙キャラでないことを示してくれる)」「しばしば大胆不敵に振る舞って、逆境にも強い」「肉体派だが、バカではない」……というわけで、特に目立つ弱点もなく、バッドエンドを除けば、堅実な振る舞い方を見せがちで、悪印象はないな、と。

 そんな欠点の見えにくい人柄のリビングストン主人公ですが、ギャンブル好きという描写がしばしば見られて、スリルシーカーな一面も。まあ、だからこそ冒険者をやっているということでしょうが。

 で、リビングストン作品で、主人公の設定や言動で感情を害されたことはないので、基本は◯という評価ですが、その中でも個性が目立った作品を◎としておきます。

 

  • ◎:死の罠の地下迷宮、トカゲ王の島、雪の魔女の洞窟、危難の港、アランシアの暗殺者
  • ◯:運命の森、盗賊都市、火吹山ふたたび、巨人の影

 

 『運命の森』や『盗賊都市』は割と凡庸な主人公像でしたが、『死の罠の地下迷宮』は違います。

 まず、帰還者のいない〈迷宮探検競技〉に挑戦するというだけで、無謀というかバカというか、とてつもないスリルシーカーやな、と。旅先で出会った瀕死のドワーフに頼まれたから、とか、危険な盗賊都市で魔法使いを訪ねろとか、そういう親切心や正義感とは違う、一攫千金の命を張った大博打に挑戦する猛者。

 いや、自分がTRPGのキャラになったとして、『死の罠の地下迷宮』だけは二の足を踏むと思うんですね。だから、うちの攻略記事でも、アズール卿による強制力を働かせる形になりました(『危難の港』からの話の流れもありますが)。とにかく、他にないほどのハイリスク・ハイリターンな試練に挑む主人公が、『死の罠の地下迷宮』のキャラなんですね。

 リビングストンの主人公は、肩書きとか抜きに、冒険に出た動機と、劇中の行動で個性を評価されますが、『死の罠』の主役はそのダンジョンに挑むだけで大物確定です。

 で、領主の悪口を言って大胆不敵ぶりを発揮するだけでなく、蛮人スロムと意気投合したり、エルフの娘の死に感じ入ったり、それまでの作品以上のドラマ性を示します。やはり、NPCとの絡みがあると、主人公も引き立ちますね。

 ともあれ、自ら飛び込んだ危険に、主体的に挑んで打ち勝つチャンピオン。誰から強制されたわけでもなく、ただ腕だめしのためだけに命を張ることのできるギャンブラー。そこに痺れる、でも憧れはしない。

 まあ、しょせんはゲームのコマと割りきれば、そこまで感じ入ることもないのでしょうが。それでもリアルに考えると、自分にはマネできない、したいとも思わない命がけの冒険を果たす主人公に、そのままストレートな感情移入はできないのですが、プレイを進めるうちにいつしか主役との一体感を抱き、ゲームを終えた後の達成感は「まさにやり遂げた漢」の気持ちでしたよ。

 それが自分の『死の罠』初体験です。

 そして、2度とプレイしたいとは思わなかった作品なんですが、違うシチュエーションで再体験しましたね。こちらは「父親の代わりに、強制的に挑まされる娘」という初期設定が大幅に改変された2次創作なんですが、昔のプレイのときに抱いた不思議な感情移入なんかも思い出しながら、違うドラマ展開。やはり、主人公の性別が変わると、違う見え方がしますね。

 ともあれ、『死の罠』の主人公設定は、『運命の森』や『盗賊都市』のよくある「さすらいのヒーロー」とは違う冒険バカのスタイルを示してくれました。まあ、一攫千金のために危険なダンジョンに挑むという意味では『火吹山』の発展形なんですがね。だけど、ダンジョンの危険度が全然違うし、競技相手とのドラマ性もあって、デスゲーム物としての緊迫感が主人公性をも引き立たせた、と。

 

 次に『トカゲ王の島』。

 初プレイ時は、マンゴのことはどうでも良かったのですが(感情移入する前にあっさり死んだので)、最もインパクトあったのは、解放奴隷を率いた戦争というシチュエーションでした。

 ただのジャングル探検とか、恐竜つえ〜とかだけだと、主人公性とは関係ないのですが、仮にも王と名乗る支配者に対して、反乱軍のリーダー的なポジションで暴れ回るヒーロー。こいつは燃えましたね。

 でも、最後にトカゲ王を倒して、マンゴに勝利を報告するエンドで感情移入を断たれます。初プレイでは、きれいにマンゴのことは忘れてましたから。あ、そう言えば、そんな奴いたな、という認識で、自分の分身であるはずの主人公との気持ちにギャップが生じたり。

 そこの不満点を改編したのが当ブログでの攻略記事ですが、軍を率いる司令官主人公という最初の感動も強調したかった、と。

 

 『雪の魔女の洞窟』の主人公は、赤速、スタブという2人の仲間との旅が印象的でしたね。短い期間ではあったのですが、同行者のいる旅というのは、ワクワクさせてくれます。

 そして、主人公としての魅力では、序盤に隊商の護衛として、冒険を始めている背景。一人で放浪の旅をしているのが定番シチュエーションだったのが、きちんと護衛の仕事をしているんですね。それだけで社会性を感じさせます。

 でも、大人になってからの再プレイで、危険排除のイエティ退治に出た後で、きれいさっぱり護衛の仕事を忘れて、洞窟探検を始めてしまう行き当たりばったりぶりには、社会人として報告連絡ぐらいはしっかりしろよ、とツッコミ入れたくなりました。まあ、雪の魔女の脅威とか聞かされたとあっては、隊商の護衛など小事でしかないという気持ちは分かりますが。

 でも、原作のままだと、雇い主のビッグ・ジムは主人公が行方不明のまま死んだと見限ってしまうだろうな、と気になっていたので、攻略記事ではその辺のフォローもした形ですね。

 ともあれ、行きはビッグ・ジムの隊商とともに氷指山脈に向かい、帰りは2人の仲間とともにストーンブリッジまでの旅路。一人旅とは違った風情を初めて感じたFFです。まあ、最終的にはまた独りに戻ってしまうのですけど、攻略記事では(原作にない)剣に宿った精霊との会話で遊んだり。

 何にせよ、初プレイから主人公として多くの感情や感慨を覚えたドラマ性の高いFF作品です。

 

 『危難の港』。これは攻略記事が初プレイになります。

 成功した冒険は数知れない、年季の入ったゲームブッカーだった自分ですが、「前の冒険が失敗に終わって、ガラクタしか財産のない残飯あさりに落ちぶれた経験」は初めてでした。

 おそらく、リビングストンの主人公で、最も特異な境遇だと思います。

 で、そこからの巻き返しを図っての宝探しの旅から一転、復活した邪悪から世界を守るためのアンデッドと悪魔の軍勢との大バトル。

 笑ったのが、「世界の危機に対して、そんなの自分には関係ないと考える」主人公の選択肢。宝探しには興味あるけど、悪者退治には関心が薄い、いつもと性格が違ってるキャラが、将来の嫁(主観)に説得されて、仕方ないなあと勇者への道に返り咲く。

 この何だかヤル気のない選択肢が、いつもの英雄性に満ち溢れたスリルシーカーとは異なる現実主義者っぽさを感じるのですが、そういう選択をすると、度々、バッドエンドで潰されるという作者からの露骨な強制力(笑)。

 英雄への道を歩まなければ、生き残れないという運命の作用さえ感じながら、「何で俺がいつもこんな目に?」とダイハードみたいな気持ちになった本作でした。

 

 続いての『アランシアの暗殺者』は一転、わずかな金のために過酷な無人島サバイバル生活を始めたギャンブラーな主人公。このシチュエーションだけで、無色透明とは言えないよなあ。

 しかし、もっと過酷な暗殺者から逃れるサバイバルを経て、こうなったら逃げるのはやめだ。暗殺者どもよ、来るなら来い、全部返り討ちにしてくれるわ、ウォーーーーッと燃える展開が最高ですね。まあ、だいぶ脳内変換してると思いますが、リビングストン先生の用意する主人公のシチュエーションが自分のツボを突いてくれるのが楽しい。

 

 最後に『火吹山ふたたび』と『巨人の影』がどうして◎じゃないのかを語って、本記事を締めくくりたいと思います。

 まず、前者ですが、困っている街のみんなを助けるために危険に挑む主人公ってのは定番でありふれていますからね。そこに一攫千金のギャンブラー感が欲しかったんだけど、主人公の報酬は宿の主人に提示した風呂と食事のみ。

 好漢ではありますが、この年になって、そういう若さには感情移入しにくいかな、と思いました。その後の攻略難易度の高さを考えると、なおさらですね。

 火吹山に至る野外冒険はいろいろな選択肢があって楽しいのですが、結果的に正解は一つだけで、最適解が1本のみという攻略自由度の足りなさも、近年の作品と異なる厳しさを感じて、主人公の置かれたシチュエーションの魅力を感じるどころではなかった。

 まあ、90年代のFFってこんな感じなのかな、と。

 

 一方、新作の『巨人の影』は◎を付けてもいいぐらい、NPCとのやり取りが秀逸なのですが、40周年記念というお祭り感の印象の方が強すぎて、主人公像が霞んだというか、キャラドラマそのものは薄いと感じましたね。

 巨人の復活で世界の危機だ、という大変な状況なのに、お祭りムードで緊迫感はどこ? という雰囲気のギャップで、やや感情移入を妨げられたのも減点対象。主人公への感情移入が削がれると、どこか白けますので。

 ただし、グースというNPCのキャラ立ち具合が素晴らしくて、逆にマリク師匠が重要人物なのに、あっさり死んでドラマとしては薄味だったという不満点はあります(それゆえに妄想を掻き立てる素材にはなったのですが)。

 ともあれ、巨人復活というやらかしを仕出かしたという意味で、失敗の後始末というシチュエーションは新鮮なのですが、罪悪感ゆえの冒険というのはNPCの行動動機にはなっても、プレイヤーとして味わうのはイヤかな、という点でも、減点対象ですね。

 

 ともあれ、同じような剣士設定でルール上はほとんど変わり映えしないのに、物語上で主人公が向き合うシチュエーションが多種多彩なのがリビングストン作品の特徴で、背景世界の連関性と含めて王道と変化球のバランスがお見事と感じます。

(当記事 完)