ウルトロピカルな⭐️GT(ゲーム&トレジャー)島宇宙

南の島と上空の宇宙宮殿を舞台にTRPGや特撮ヒーローなどのおしゃべりブログ。今はFFゲームブックの攻略や懐古および新作情報や私的研鑽メイン。思い出したようにD&Dに触れたりも。

ワンダリン到着までの幕間(ワンデルヴァー2.5話)

★作者の独り言

 

 本記事は、D&D5版スターターセットに付属の初心者用シナリオ『ファンデルヴァーの失われた鉱山』を元にしたパグマイアの妄想リプレイである。

 妄想リプレイとは、実プレイを伴わない「作者の脳内プレイヤーがTRPGをしたら?」という仮想に基づいて、リプレイ調のストーリー(ここでは「セリフの掛け合い中心の書式」という意味)を構築したものである。

 そんなことをして楽しいのか? と問われたら、「ゲームブックなどのソロアドベンチャー」や「ゲームバランスを確認するためのGMの準備」なんかで一人プレイは割と当たり前にやったことがあるし、「コンピューターRPGのプレイ日記」なんかでキャラ同士の会話を想像して書いた経験もある。要は、形を変えた小説執筆であって、自分としては割と楽しめている。

 まあ、TRPGは元々、ゲームマスターを物語の進行役兼ルール判定役として、プレイヤーが自分のキャラクターに戦闘させたり、冒険させたり、事件を解決させたりする遊びであるが、ソロでやる場合、「謎解き」的なシナリオは難しい。GMは謎の答えを分かっているし、プレイヤーは分かっていない。それを一人複数役で(プレイヤーが分かっていないように)書くのは、いかにも白々しい。

 一方、バトルメインだと、割と何とかなるものである。難点は、一人で複数キャラを扱う場合のデータ把握が面倒くさいことぐらいだろうか。

 

 そして、物語構築となった場合、個々のキャラクターがGMの操り人形(誘導に従うだけで主体性を持たない人格)になってしまうと、読む方としては興醒めである。小説でも、主人公に主体性がなくて事件に翻弄されるだけの物語はあまり楽しめない。作者はプロットを考えて、登場人物にあれこれ考えさせたり、行動させたりするけれど、登場人物にリアリティを感じさせるためには、作者と異なる別人格、行動動機や背景、特技などを設定して、それに基づく納得できる思考や行動を描かねばならない。

 設定と思考、行動の描写が噛み合っていないキャラクターはいろいろ興醒めである。まあ、その噛み合わなさを作者が書いている途中からでも自覚して、後出しの追加設定(実はただの学生ではなくて、親が魔族だったなど)で納得性を高めるとか、それによって初期の描写との間に矛盾が生じるとか、創作における迷走をあれこれ語るのも楽しいが、そこに読者が面白さを感じなければ、ただのご都合主義である。

 後出しジャンケンでも話が盛り上がればいいが、登場人物の根幹設定がブレてしまうと、受け手の感情移入に支障が出る。だから、そこを崩さないように、そして物語の流れに応じて柔軟に成長できるだけの余地を与えて、物語上の役割をきちんと果たすか。あるいは作者の予期しない方向にドロップアウトしつつも、そのためにかえって面白い人気キャラに育つかなどなど、まあ、全てが完全に作り手の計算どおりに行かないのも創作あるあるだよなあ(苦笑)。

 

 でも、一つだけ言えるのは、脳内にキャラのイメージと基礎設定があって、それをゲームの数値データや文章で明記した設定資料があって、そこに解決すべき事件との関わりがあれば……キャラは生き生きと動き始め、そこから物語が創られていく。

 本記事も、そういう話になってくれればいいなあ。

 

 ただの独りよがりな妄想垂れ流し文章ではなくて。

 

★続いてガイドの独り言

 さて、パグマイアのガイド、D&Dのダンジョンマスター(DM)視点だと、小説の作者とはまた違う観点で考えないといけないことがある。
 それは、ゲームを遊ぶ題材となるシナリオだ。シナリオは、小説におけるプロットの役割も果たすが、さらにゲームとしての「選択肢」を示す役割もある(もちろん、解決すべき事件や倒すべき敵のデータなども)。
 そして、ファンデルヴァーの場合、初心者対応シナリオなのに、その選択肢は結構、多いのである。
 ネタバレ的に一例を挙げると、「パート1:ゴブリンの矢」と「パート2:ファンダリン」の攻略順だ。
 パート1では、ゴブリンの待ち伏せ攻撃を受けた初心者冒険者が、ゴブリンの痕跡を追って、根城にしている洞窟を見つけて、囚われた者を救出する流れである。初心者対応シナリオなので、最初が「ゴブリンの洞窟」なのは、いかにも納得である。
 そして、パート2では、囚われた者の案内で、ファンダリンの街に入るわけだけど、ここで一気に自由度が高まる。街にはいろいろな施設や人物がいて、冒険者はどこでも自由に散策しながら、街で発生している細々とした事件をあれこれ解決していくシティーアドベンチャーである。

 さて、問題は、その自由な散策のやり方だ。
 ここでは、プレイヤーもそうだけど、初心者DMだったら、どのように話を進めればいいのか困惑するものと思われる。何せ、行ける場所が20軒もあって、それをどうやって提示するかだけでも、いろいろな方法論があるからだ。
 パート1からパート2の流れに乗れば、「救出された者を誘導役」として、彼からの情報という形で「街には、このような施設があって云々」と選択肢を絞ってしまうのが楽だ。当面、行ける場所が「宿屋と商店、そして町長事務所」のみにしておいて、他の場所や人物は、情報が開示されて(フラグが立って)初めて訪れることができるという風に制限してしまうと、ストーリー進行が楽である。
 その場合、DMは単にシナリオを読み込むだけでなく、「最初に行ける場所、会うべき人物」を押さえておいて、後から行けるようになる場所を追記していく順番立てを考えておく必要がある。一度に大量の情報を扱うのは、初心者プレイヤーにも困難なので、情報を減らすための準備を怠らないのが大切である。

 DMが楽をしたければ、街のマップをそのままコピーして、「君たちはこのマップのどこにでも自由に行けるよ」と提示するやり方もある。これによって「よく分からないけど、ハリアの家ってのに入ってみようぜ。何か金目の物がないかなあ(笑)」って民家押し入りプレイが可能になる。
 とりあえず、街のいろいろな家に入って、タンスやツボの中を漁って小さなメダルやらステテコパンツやらを見つけるのは勇者のたしなみである(爆)。
 まあ、TRPGでそれをすると、街の住人の心象が悪化するのは間違いないけれど。押し入りプレイを繰り返すことでカルマが下がって物を売ってもらえなくなったり、聖者への道が遠ざかったり、警備兵に追いかけ回されたりするようなコンピューターゲームもあったなあ。
 プレイヤーの自由に任せすぎると、話がどう展開するか読みきれないこともあるし、DMの処理能力を上回る危険性も常にある。DMが秩序をもってゲームを運営するには、やはり相応の誘導が必要だと思うけど、DMとプレイヤーの間に意思の疎通が普通にできるなら、そのカオスを楽しむのもあり。それこそTRPGというものだ、とアウトロープレイを推奨するプレイヤーもいる(DMが推奨するケースも稀にだがある)。

 だけど、リプレイ記事でそういうカオスを描くと、話がグダグダになるし、プレイヤー側にもとっ散らかった物語を収束させる意思がなければ、コロナ禍を想起するほどの大惨事で卓上崩壊、DMのやる気喪失になり兼ねない。
 いや、熟練プレイヤーが自由に振る舞いながら、きちんと後処理までこなせるなら、DMはただの判定役として裏方に引き下がって、プレイヤーにストーリー進行を委ねるってスタイルもありだと思うんですよ。
 でも、妄想リプレイで、わざわざガイドの自分を追いつめ、やる気を喪失させ、記事をグダグダにして楽しめるほど、自分はマゾじゃない。そうでなくても、グダグダになりやすい長文書きなのに(自虐)。

●結論:ファンデルヴァーは潜在的に自由度の高いシナリオだけど、ワンデルヴァーではきちんと管理誘導させてもらいますよ。そうじゃないと、話がまとまらん。

 で、そういう結論を出したのはいいけど、一つの問題が。
 本リプレイのパーティーは、パート1をクリアせずにパート2に入ってます。
 まあ、普通はそうするよね。

 街に荷馬車を届けるように依頼されて、その途中でゴブリンに襲われたからって、ゴブリンの洞窟にいきなり踏み込もうとしますか?
 先に街に荷物を届けてから、情報収集と準備をしっかり整えた上で、ゴブリン退治、というのが一般的な日本の大人の常識だと思うぞ。
 ただ、依頼主がどうもゴブリンに捕まったらしいので、救出を急ぎたいという心情も分からなくはない。つまり考えて行動するか、それとも感情任せにやみくもに危険も顧みずに突き進むかの違い。
 そして、本シナリオで推奨提示されているのは後者。さすがはアメリカンな初心者シナリオ。ワイルドだな~。

 もちろん、パート1を飛ばして、まず街へ行くルートも設定されているんだけど、その場合、「誘導役になってくれるNPC」を救出していないので、街でのプレイ誘導をどうするか、考えないといけません。
 シナリオにない誘導用のキャラを急遽、追加設定して、改めて本リプレイのワンダリンの世界観に組み込むことを考えてから、ワンダリンの街でのプレイを始めよう、と。

 だけど、シナリオの読み込みと準備で時間をくったので、話の続きは次回から。

 ここまで長々と記した独り言にお付き合いいただき、ありがとうございました(m0m)

(当記事 完)