ウルトロピカルな⭐️GT(ゲーム&トレジャー)島宇宙

南の島と上空の宇宙宮殿を舞台にTRPGや特撮ヒーローなどのおしゃべりブログ。今はFFゲームブックの攻略や懐古および新作情報や私的研鑽メイン。思い出したようにD&Dに触れたりも。

私的D&D史(デイヴ・アーネソンについて)

さて、多元世界の話と並行して、D&Dのもう一人の生みの親デイヴ・アーネソンについても書いてみたいと思う。

 

ハイラス「どうして、一つに集中せず、そういうややこしいことをするのか?」

 

うむ、D&Dの多元世界について書く場合、ハイラスは何が必要と考える?

 

ハイラス「もちろん、時間とやる気、書き手の知識に決まっている」

 

いや、そりゃもちろんそうだが、その答えじゃ当たり前過ぎて、一般論すぎて、デイヴさんに話がつながらないじゃないか。

整理しよう。実はD&Dの多元世界の根本は、AD&Dの方にあってな。話を膨らませるためには、AD&Dを話題にするのがいいんだよ。

そして、AD&Dの誕生する背景には、ゲイリーさんとデイヴさんの版権を巡る対立劇があってだな。つまり、AD&Dのことを書くに当たって、デイヴ・アーネソン氏がどういう人物か書いてみたいわけだ。

 

なお、AD&Dというタイトルは、複雑な版権事情の産物でな。

ぶっちゃければ、「D&Dというタイトルは、デイヴさんも権利を持っていて、版権料を支払うの惜しい」ので、タイトルに「アドバンスト」を付ければ、別の作品だと言い張れて、お金を払わなくていいんじゃないか? というゲイリーさんの姑息な戦術によるものだ。

 

ハイラス「何と、そういう卑怯極まりないことをしたのか、天下のゲイリー・ガイギャックスという御仁が」

 

まあ、そうなんだな。

基本はゲイリーさんびいきの伝記に書かれていた情報なので信憑性は高いと思うんだが、もちろん、そういう言い分が裁判で通るわけもなく、デイヴさんの勝訴となる。

その後も、ゲイリーさんとデイヴさんの関係は腐れ縁みたいに、和解したり対立したりを繰り返していたみたいだが、完全に版権問題が解決したのは、TSR社がWofC社に買収されて、「アドバンスト」のタイトルが消えたD&D3版の時代になってから、と聞く。

どういう和解がされたか細かい正確なことは部外者なので分からないが、「デイヴさんのD&Dの生みの親としての偉業は称賛に値するし、そのことは宣揚もしてあげる。それと、まとまった版権料を一括で払うので、以降は細かい版権料のことを引き続きグチグチ言うのはやめてくれ。D&Dの生みの親として、D&Dの名前を裁判沙汰で汚すのはお互い本意じゃないでしょう。もう、この辺りで終わらせましょうや」的なことを、WofC社の当時のCEOピーター・アドキソンが言って、デイヴさんも納得して、20年に渡る長年の確執を終わらせたとのことだ。

 

ハイラス「なるほど。そこだけ聞くと、ゲイリーさんが聞き分け悪くて、デイヴさんとの仲をこじらせて、ピーターさんがうまく和解に持ち込んだので、ピーターさん偉い、という感想になるな」

 

確かに、ピーター・アドキソンは、D&Dの救世主ということになるな。現在のアメリカゲーム業界における偉人の一人であり、ゲームファンではあるが、自身はゲームデザイナーではなく、デザイナーを雇う実業家タイプの人間。

マジック:ザ・ギャザリング』のデザイナーであるリチャード・ガーフィールドの才能を見出して、ゲームを世に出すことに貢献した社長ということになる。

作品を生み出す天才と、その作品を世に出す経営者の両輪が揃ってこそ、我々は面白い作品を享受できるんだろうなあ。

 

一方で、デイヴさんを袖にしたゲイリーさんは、後に自分自身がTSR社を女帝のクーデターで追放される形になる。そのことを因果応報と評する向きもあるらしいな。

さらに、89年に改訂されたAD&D第2版は、第1版のデザイナーであるゲイリーさんへの版権料をこれ以上、払わないようにするために、女帝が目論んだゲイリー潰しの陰謀の一環という話もあって、本当に生々しい背景があったんだなあ、と。

 

ハイラス「つまり、アドバンストの1版と2版は、共にゲームデザイナーへの版権料を払わないように済むよう、生み出された鬼子のようなゲームということでござるか」

 

生みの親に祟りを為すという意味では、そうなのかもな。

もちろん、そういうカオスなところも含めて、俺は面白いと思うんだけどな。

 

★デイヴ・アーネソンについて

改めて、デイヴさんの話をするぞ。
まず、彼は1947年生まれで、2009年に亡くなった。オリジナルD&Dが発売されたのが1974年だから、26歳の時に人生最大の偉業となる作品を発表したことになる。
なお、当時のパートナーであったゲイリーさんは1938年生まれで、デイヴさんよりも9歳年上。
オリジナルのD&Dは2人の共作ということになっているが、「中世ファンタジーという世界観での迷宮探検」「ダンジョンマスターという管理役を置くという画期的アイデア」「一人で冒険者1人を役割演技して成長させるゲームシステム」という根幹要素は、デイヴ・アーネソンの物らしい。

ハイラス「つまり、ゲイリー殿が、年若いデイヴ殿のアイデアを奪ったということか?」

一面的かつ短絡的なら、そう見なすこともできるがな。

しかし、ゲイリーさんの伝記によると、「アーネソンはアイデアが先行するものの、それを形あるものとしてまとめ上げることができないタイプ」らしい。つまり、あれこれいっぱい考えてはみるものの、何が良くて、何が悪いのか、自分では整理することもできず、ルールブックを書いてきても、それを理解して一般の人がプレイ可能なゲームに仕立てるには、誰かの助けが必要なんだ、と。
よって、2人の役割は、デイヴさんが考えたアイデアを、ゲイリーさんが長年のゲーム経験に基づいて、整理して、取捨選択し、普通にプレイ可能な作品に落とし込むこと。また、デイヴさんには自身のアイデアを形にするだけの資産もゲーム業界へのコネも全くなく、そういう実務作業は全てゲイリーさん任せになっていたらしい。
つまり、アイデアを形にするまでが作品だとするなら、アイデアだけのデイヴさんではD&Dを世に出すことはできなかった。一方、ゲイリーさんの方は、すでにゲームデザイナーとしての経験とノウハウ、さらにゲーム大会Gen Conを創設して運営するという実績を持っており、二人の出会いの場面も「ゲイリーさんのファンであるデイヴ君が、ぼくの作ったゲームを見て下さい的に持ち込んで、仲良くゲーム談義するような関係性を築く」ところからスタートする感じ。


ゲイリー「デイヴ君は、すごく面白いことを考えるなあ。このアイデアを商品にしてみないか?」

デイヴ「本当ですか? 是非ともお願いします。他にもいっぱい考えていることはあるんです。例えば……(延々と話し続ける)」

ゲイリー「ハハハ。君が素晴らしいアイデアマンだということは分かったけど、それら全てを一つにまとめても、誰も付いて来れないだろう。もう少し、整理して、じっくり組み立てていかないと。ゲームバランスってものも考えないといけないし、段取りを順に追ってだな、最初に要所を絞ってまとめた物が当たれば、後から追加ルールとして続きを作っていけば良い。まずは、斬新なアイデアを分かりやすく、受け入れられるようにシンプルに練り上げる。資金もいるし、販売ルートの確保も考えないと」

デイヴ「そういう細かい実務はぼくには分かりません。ぼくはゲームのルールしか考えられませんので」

ゲイリー「仕方ないな。ルールブックは私が君のアイデアをまとめて書いてあげる。下書きをお願いするよ」


大体、俺の理解したところでは、こういう関係だな。
このエピソードを知ったときは、俺はとある人物を思い出したんだ。ラーリオス企画と言えば、お前には分かるかな。

ハイラス「ああ、先月、この場でも少し聞いたことがある。確か、花粉症ガールの物語を書く前に、NOVA殿が原案者の御仁のサポートをしたりしながら、共同企画を進めていた作品でござるな」

そうだ。
ラーリオス自体は原案者の作品で、前日譚の『プレ・ラーリオス』が俺の作品ということになる。
根幹設定は、まとまりのない原案者のアイデアに基づくものの、それをブラッシュアップしたり、発表する場を構築したり、周囲の応援者とのコミュニケーションを交わしたりしながら、共同企画を実質的に動かしていったのは、俺ということになる。
作品規模は当然D&Dとは比べ物にならず、商業作品でもないので金銭トラブルみたいなゴタゴタに発展することもなかったが、立ち位置としては俺がゲイリーさんで、原案者がデイヴさんということになると思う。まあ、原案者はデイヴさんほどの斬新なアイデアマンではないし、精力的にどんどん新しいアイデアを考える人間でもなかったが、その点では俺もゲイリーさんほど精力的に動くタイプでもないからな。
ただ、「アイデアは大事だが、それを形にするための基盤を構築し、一つの作品としてまとめ上げ、世の中に発表するために動き回ることはもっと大事」と考えるわけだ。

ぶっちゃけ、アイデアだけなら掲示板で雑談したり、ファミレスで友人とお喋りしたりすることでも、うまく考えが閃いたりすることはあるわけだよ。
問題は、そこから自分の頭の中を整理し、作品のイメージを思い浮かべ、試しに文章に綴ってみて、そのまま勢いづいてまとめ上げる。ここまでの作業は、アイデア以上の価値がある。もちろん、ゲーム作りはアイデアだけではうまく行かず、テストプレイでルールを練り上げる必要もあって、そこで問題を抽出し、改善のためのアイデアをまた考えて、試行錯誤の結果、完成品に持っていく。デイヴさんもそういう労力をゲイリーさんと分かち合ったのは間違いないし、ゲームのアイデアにどこまでの価値を認めるかは正直難しい。
ゲームマスターという審判役」や「成長するキャラクターシステム」や「冒険の舞台となる地下迷宮探検というゲーム性」は、いずれも画期的な発明で、それを生み出したデイヴ・アーネソンさんの功績はもっと称えられるべきだと考える。しかし、その若き天才の生み出したアイデアを商品という形にして、それをヒット商品にすべく動き回ったゲイリーさんの功績を、他人のアイデアを奪ったと貶めることは許せないと考える。

ハイラス「それは済まなかったと謝罪しておこう。その上で、ゲイリー殿とデイヴ殿の関係が、どういう経緯でこじれたのか聞きたいわけだが」

これは、いろいろと推測憶測が為されているが、確定した事実は一つ。
デイヴさんは1976年にTSR社に入社していて、いくつかのD&D関連作品を発表しているが、その年のうちに辞めているんだ。
どうして辞めたかの理由として、
「1.TSR社の企業内のゴタゴタに直面し、ゲームデザイン以外のことに煩わされて嫌気が差した」
「2.デイヴさんの独創すぎるアイデアが、D&Dの展開に相容れず、混乱をもたらすだけと見なされた」
「3.社長と一部下という上下関係に、自分は特別なパートナーだと考えるデイヴさんが納得できなかった」
といったことが考えられている。

1については、ゲイリーさんの盟友にして、TSR社の設立パートナーだったドン・ケイさんが1975年に急逝したことが大きい。そのために経営権に関するトラブルがいろいろあって、1976年は会社の立て直しにバタバタしていたわけだし、その後のゴタゴタの起因となるブルーム兄弟の台頭を招くことになる。
まあ、ゲームデザインに専念したいデイヴさんが、社内のこういうゴタゴタを間近で見せられると、やってられないと感じたのかもしれない。

2については、実のところ、俺はデイヴさんの書いた作品を読んだことがないので、D&Dの根幹システム以外の何が独創的で、急進すぎたのか、よく分かっていないため、下手な断定ができない。
あくまでゲイリーさんの伝記での記述からの推測だが、「デイヴさんのアイデアは玉石混淆で、光る面と、機能しない面の両方がある。そこをうまく良い面だけ抽出しようとするのに対して、デイヴさんは自身のアイデア全てに固執して、ダメな面まで強固に押し通そうとする悪癖がある。あまりに聞き分けが悪いと、順調な商品展開に支障が出るので、強引にボツを言い渡すしかなかった」といった感じで、個性的なゲームデザイナー同士の衝突があったんじゃないかな。
要は、自分のアイデアに絶対の自信を持つ天才肌のデイヴさんと、バランス感覚を持った実務肌のゲイリーさんの、距離が近づき過ぎたために生じた創作性の違いという奴だ。

まあ、オリジナルD&Dは、デイヴさんの仕事によって「ブラックムーアという世界観も合わせて、何本かのサプリメントを出版するに至った」が、その結果、追加ルールがいろいろとっ散らかって、一度、統合の必要性が出てきたようだ。その結果として、ゲイリーさんが単独で作り上げた「アドバンストD&Dの誕生」になるわけだ。
一応、世界観については、ゲイリーさんも「グレイホーク」という独自世界を構築しているし、ゲームシステムについても、D&Dの起源と言われるミニチュアゲームの「チェーンメール」はゲイリーさんの作品だ。「チェーンメール」にデイヴさんのアイデアを組み込んでブラッシュアップしたのが、オリジナルD&Dということになる。その意味で、デイヴさんのアイデアは、既存のスタイルのミニチュアゲームを新しいスタイルのロールプレイングゲームに引き上げるのに大切な要素だが、ゲイリーさんが何もアイデアを出さなかったわけじゃない。
喩えるなら、ゲイリーさんがスポンジ部分を作り出して、そこにデイヴさんがクリームを上から加えて完成した美味しいケーキが、オリジナルD&Dということになる。ゲイリーさんはケーキを焼く名人だが、そこにデイヴさんの独特なクリームをトッピングした結果、稀に見る人気のお菓子D&Dのブランドが確立されたことになる。なお、D&Dというタイトルは、ゲイリーさんの身内のアイデアらしい。

これがソード・ワールドになると、ワールドデザイナーが水野良氏、システムデザイナーが清松みゆき氏という役割分担が為されていて、2.0以降になると、水野さんはタッチせず、清松さんもバックアップ要員に後退し(チームを取りまとめる監修役、かつての安田社長の立ち位置)、メインデザイナーは若手に任せる形になっている。
つまり、時代に合わせた世代交代も考慮に入れて、商品ブランドを守りながら、なおかつデザイナーの立ち位置に敬意を評する姿勢は崩さない。この辺は結局、社長の人柄なんかも影響するのかもしれないし、TSRのゴタゴタを知った上での反面教師的な教訓を得た故の結果かもしれない。

全ては、RPGという新ジャンルを初めて立ち上げたD&Dということもあって、何が正解で、何が間違いなのか、当時は誰にも分からない状況で、ゲイリー・ガイギャックスとデイヴ・アーネソンの二つの個性がうまく組み合わさった時は良かったけど、我が強すぎると長続きしなかったという話なんだろうな。
所詮は、外部からの月並みな意見でしかないが。

そして、3だが、70年代のTSR社は当時の業界でもデザイナー重視の企業運営をしていた。まあ、これは社長のゲイリーさん自身がゲームデザイナーということもあって、自身の収益の安定とともに、ゲームデザイナーの立場の向上を目指していたとも考えられる。その結果、D&Dのデザイナーであるデイヴさんにも相当の版権料が支払われた形だが、そういうやり方だと、D&D関連の商品を作るたびに支払うお金も増えて、企業の収益が圧迫されることになる。
つまり、ゲイリーさんはゲームデザイナーとしては優秀でも、企業主としては理想主義的すぎて、経営には素人だったということになる。そのために、企業経営のノウハウを持った人材を雇ったら、後々、会社を乗っ取られた形になるわけだが、D&Dの成長が急速すぎて、一種のアメリカン・ドリーム状態になったんだな。
そして、ゲイリーさん自身も自身の成功で傲慢になり、デイヴさんに見返りとして与える報酬を渋るようにもなっていた。確かに、企業全体のことを考えれば、デイヴさんだけを特別扱いするわけにも行かなくなる。デイヴさんの画期的なアイデアも一度世に出てしまえば、それを模倣した他企業が参入し、『T&T』や『トラベラー』『ルーンクエスト』などライバルとなり得るRPG作品が登場してくる。そうなると、D&Dを擁するTSR社も一発ネタのアイデアだけでなく、安定した商品展開が求められて、D&Dブランドにも老舗としての土台を構築しないといけない。
デイヴさんはどんどん新規のアイデアを出してくるが、根幹の要素を覆すようなアイデアだらけでも、プレイヤーは困惑する。そこで「根幹ルールは3冊の書籍にまとめ、後から追加ルールでカスタマイズしていくAD&Dの方向性」に至るわけだが、オリジナルD&Dの場合は、その根幹すら定かではないほど野放図に広がっていたらしい。結局、RPGという新ジャンルをどう展開していけばいいのか、試行錯誤の繰り返しだったんだろうな。

ゲイリーさんは「自分はゲームのことに詳しい」という実績に支えられた自負があるし、デイヴさんの方は「自分のアイデアは既存のゲームを変革したし、今後も変革するだろう。だから、古い視点からダメ出ししないでくれ」という若者特有の慢心で、縛られたくなかった。
そんな中で、ゲイリーさんも慣れない経営問題なんかにも振り回されて、デイヴさんの相手が続けられなくなり、億劫がった結果、まあ関係解消ということになった、と俺は考える。

これが、ゲイリーさんのD&Dに最初から憧れて、後から社員になったフランク・メンツァーさんの場合は、はっきりとゲイリーさんの弟子であるという立ち位置を自覚していたろうから、そういう対立関係にはならなかったんだろうけど、デイヴさんの場合は、一緒にD&Dを作って来たという自負があるからこそ、ゲイリーさんの「心変わり」、つまり自分の要望を受け入れてくれなくなり、切り捨てられた、という想いが強くて、こじれたんじゃないかなあ。

★アドバンストD&Dの誕生の経緯

そんなわけで、D&Dの発展バージョンのAD&Dの展開になる。
こちらは、D&Dから随時移行する形をとり、D&Dとは別のゲームだから、それにタッチしていないデイヴさんに版権料を支払う必要はない、という方針を示したわけだ。

つまり、76年でデイヴさんはTSR社を辞めてフリーとなった。それでも、D&Dブランドでの版権料は引き続き支払い続けるという契約は生きていることになる。
そして、77年から、追加ルールの山で初心者がプレイ困難になったD&Dのルールを一度整理。オリジナルD&Dは、77年に初心者向きのD&D第2版として発売し、そちらの版権料はデイヴさんにも払い続ける。
しかし、D&Dから発展したAD&D第1版を、ゲイリーさん単独デザイナー作品として78年辺りに発売し、そちらはデイヴさんとは関係ない別のゲームだから、版権料を払わない。
それを不服としたデイヴさんが、「AD&Dの版権料も、D&Dと名が付く以上は、自分も受け取る権利があるはずだ」と79年に裁判を起こしたことから、話がややこしくなったわけで。

ハイラス「何とも面倒なことでござるな。話を聞いているだけでも、何が正義で、何が悪か分からないでござる」

正直、俺もだ。
何しろ、70年代当時のルールブックを持っていないので、オリジナルD&DとアドバンストD&Dがどう変わったのか、wikipediaに記された以上に細かいルールの記述が分からないわけで。
例えば、オリジナルD&Dが追加ルールの山でプレイ困難な代物になった、と言うが、AD&Dも結局、同じような結果になったわけだし。TRPGと名の付くものが長く続いたら、そりゃ追加ルールがどんどん発売されて、ソード・ワールドにしても、他のゲームにしても、参照ルールが多くなり過ぎることは当たり前じゃん。そして、版上げによって、とっ散らかったルールを整理して、新展開を模索し、その際にデザイナーの変化や、商品展開にも違いが生じるのは、まあ当然でしょう、となるわけだ。

オリジナルD&D(74年)はゲイリーさんとデイヴさんのゲーム。
アドバンストD&D(78年前後)は、ゲイリーさん単独のゲーム。
クラシックD&D(日本語になった第4版は83年)は、ゲイリーさんに憧れるフランク・メンツァーさんのゲーム。
アドバンストD&D第2版(89年)は、ゲイリーさんを追い出した女帝に命じられて、既存のAD&Dを整理したデビッド・クックのゲーム。

TSR時代のD&Dを大きく立て分けると、以上の感じになるかな。
全部同じD&Dだけど随分と違う中身のゲームだと、俺みたいなゲーマーは考える。

今回は、デイヴさんの記事だから、オリジナルD&Dが、クラシックD&Dとどう違うか書いてみる。本命として書きたいAD&Dについては、次回以降だ。

★オリジナルD&Dの概観

まず、基本セットに記載されている職業は「戦士」「魔法使い」「僧侶」の3つだけだ。「盗賊」がない。

次に、種族の方は「人間」「エルフ」「ドワーフ」「ホビット」の4つ。ハーフリングじゃなくてホビットなのは、トールキン絡みの版権使用料で揉める前の時代だから。
こう見ると、D&D関係で、版権使用料を巡るトラブルは、本当に多いなあと思うばかり。訴訟社会のアメリカだからか、急成長したRPGジャンルで経営陣も素人が多かったからか。
後に女帝時代に入ると、今度は逆に版権で訴える側になってしまうわけだが、今度は訴訟費用ばかりがかさんでしまい、経営圧迫につながったというんだから、何やってんだかって思う。売れるゲームが作れなくなり、版権だけを武器に企業利益をせしめようと企てた結果だが、ユーザーを楽しませることを忘れて、既得権益を守るだけの保身に走った企業の成れの果てを見るようで、いろいろと考えさせられる。

それはさておき、基本ルールの中に入っているのは3冊。
ブック1の「メン&マジック」は、キャラ作成ルールと呪文リストみたいだな。いわゆるプレイヤーズマニュアル。
ブック2の「モンスターズ&トレジャーズ」は、ダンジョンマスター用のモンスターとお宝データ集。
ブック3の「アンダーワールド&ウィルダネス・アドベンチャーズ」は、ダンジョンマスター用のシナリオ作り&運用ガイドみたいだな。ダンジョンだけでなく、最初から野外の冒険にも対応しているようだ。

続いて、サプリメントが5つ。

1つ目はゲイリーさんの世界の「グレイホーク」というタイトル。
そこで、シーフとパラディンの2つの職業が追加され、戦闘ルールや各種のデータが追加。タイトルからすると、ワールドガイド的な側面もあったのか、と思うけど、世界観の詳細が語られるのは、1980年になってからになる。
なお、自分が持っているグレイホークのワールドガイドは、第3版の時代(2003年)に邦訳されたもの。第3版の時期は、グレイホークが標準的なワールド設定だったもので。日本語でグレイホークが紹介されたのは、この時が最初だったんじゃないかなあ。

2つ目はデイヴさんの世界の「ブラックムーア」というタイトル。
ここでは、武闘家モンクと暗殺者アサシンが追加されて、後のAD&Dっぽくなる。 部位攻撃ルールという、後のAD&Dにも存在しないルールが書かれているそうで、この時点で独創的だけど、そこまで細かいとD&Dじゃない的なイメージも。

3つ目は、世界観と関係なさそうな「エルドリッチ・ウィザードリィ」。
凄い魔術というタイトルっぽく、マジックアイテムやアーティファクトの追加データ。そして、魔法とは異なる超能力のルールや、ドルイドという新職業、モンスターとしてのデーモンの紹介など。まあ、魔法という世界観イメージを拡張しようという意図は分かる。

4つ目は、「ゴッズ、デミゴッズ&ヒーローズ」。
既存の神話や伝説の英雄のデータを集めた本だが、ある意味、危険な領域と思わなくもない。
これまでのサプリメントが、追加職業なんかで光と闇の両面をバランスよく投入しているようだけど、悪く受け取る向きには、盗賊から暗殺者、そしてデーモンなども含む魔術と来て、そして神々をモンスターデータ化して戦えるようにしたという一種の背徳性を公開し、まあ後の悪評に至ったとも考えられる。
まあ、ゲームをやっている人間からすれば、ただのお遊びでしかないのだが、ゲームを知らない人間の目には「物騒な題材を弄って、闇に傾倒している」という誤解を招きかねない流れ。日本だと、せいぜいPTAの文句が新聞なんかに載る程度のことだけど、アメリカだと訴訟沙汰に発展するからなあ。

そして、最後の5つ目は、「ソーズ&スペルズ」。
ミニチュア戦闘用の追加ルールらしいけど、詳細不明なので、コメントの入れようがない。


現在の視点から見ると、サプリメントの展開順に一定の方向性が感じられないというか、闇雲に思いついた順に出版しているなあ、と思ったり。
これがAD&Dだと、モンスタールールの拡張とか、ダンジョン探索用の追加ルールとか、タイトルを見るだけで中身が分かるように整理された展開方式なんだけど。
この辺の「タイトルを見ても、内容が想像しにくいようなサプリメント」は購入意欲も起こらない。まあ、雑誌を読んで、新商品の情報をチェックしているマニア層向けなんだろうな。オリジナルD&DからアドバンストD&Dへの展開の仕方を比べると、より一般層にアピールするような販売戦略が感じられる。
とりあえず、D&Dベーシックセットを買ってもらい、興味が出たなら、アドバンストD&Dのコアルール3冊(モンスターマニュアル、プレイヤーズハンドブック、ダンジョンマスターズガイド)に進出し、後は自分たちの好みに合わせて、追加ルールを好きな順に購入してもらって構わない。魔法使いのプレイヤーなら追加呪文集を買えばいいし、戦士なら戦闘用のデータなどプレイヤーにとっても魅力的な商品は多い。まあ、DMが知らないルールをプレイヤーが使うことに、難色を示すこともあるが、その場合はルールの該当部分を手書きなりコピーするなりでDMに渡しておけばいい。まあ、DMの中には、全てのサプリメントを揃えることに情熱を燃やすような人種もいるが、その辺の判断は、ゲーマー各自に任せる。

そして、10年ほど経てば、版上げして、ルールをまた整理して、時代に合わせたブラッシュアップも施して、新規のユーザーを引き込もうとする。
現在のTRPGの経営戦略は大体そういう感じになって、これはアメリカも日本も大差なくなって来たと考えるな。
もちろん、商品寿命の問題もあるし、一本の作品シリーズだけで持続困難なら、支柱になる一本と、より小規模な意欲作を適度にローテーションしながら、場つなぎする戦略もあるし、これはTRPGだけでなく、どこの商品メーカーも考えていることだと思う。

D&DはRPG先行者として、数々の成功と失敗を見せて来たわけだし、こういうのを研究しながら、日本のケースと比較対照するのは、自分としてはなかなか興味深かったりするわけで。
まあ、こういう研究が、自分の仕事の経営に活用できるかは全くもって未知数なんだけどな。一応の教訓程度にはなるかな、と。

ハイラス「私には、商売のことはちっとも分からないでござるが、こういう話を聞いておくと、もしかすると将来に役立つかもしれん。何しろ、ロウラス師匠が、薬草茶商売に身を入れていると聞いたので、故郷に帰った暁には、商業活動の知識もまた有効になる可能性はあるからな」

ああ、機を見て、好奇心を抱くのはいいことだと思うぞ。
自分の内面世界を広げるコツは、自分が縁した何ものも最初から無下にはしないことだと考える。とりわけ、自分に向けて語ってくれる説明好きな人間の言うことはな。
世の中に、自分が出会った人間や知識に無駄なことはない。それを無駄にするかどうかは、自分の一念次第だという話は聞いたことがある。同じ経験をしても、そこから何を吸収し自分の糧にできるかは、各人の器量次第だろうし、俺は器量の大きい人間を目指したいわけだ。それこそ時空魔術師として、時間も空間も研鑽したい立場故にな。
まあ、さすがに全てを知悉することは困難だけどさ。最初から心を閉ざして、与えられた機会をみすみす逃すようなことはしたくないってことで。
(完)