ウルトロピカルな⭐️GT(ゲーム&トレジャー)島宇宙

南の島と上空の宇宙宮殿を舞台にTRPGや特撮ヒーローなどのおしゃべりブログ。今はFFゲームブックの攻略や懐古および新作情報や私的研鑽メイン。思い出したようにD&Dに触れたりも。

日本のTRPG史関連資料の発掘

★2冊の本

 

文化の日記念に、本棚の奥から見つけた本の紹介。

 

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↑まず、1冊目は95年に出た『RPGマガジン別冊のオールカタログ』です。冬の時代以前の日本で販売された作品は、これでほぼ完全に網羅できるので、資料本としてありがたい。

 

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↑もう1冊は、2006年に出た『RPGamer誌の最終号』。こちらはカタログではないですが、冒頭の記事にファンタジーRPGの歴史記事と年表が載っていて、やはり資料本として重宝します。

 

 

実のところ、これ以降は、こういうTRPG全般を網羅した総合雑誌は出ていないんじゃないかな。現在のTRPG雑誌で一番包括的に近いのは、新紀元社の『Role & Roll』誌だと思いますが、これでもFEAR社の作品と、ホビージャパン社の作品は別方面で補完しなければいけないし、現在は商業雑誌よりもインターネット媒体を使った宣伝が定着して、紙媒体での情報が昔よりも拡散しているように感じます。

また2007年以降は、自分も文庫RPGとリプレイ本以外はあまりTRPGを追いかけて来なかったので、知識がそれ以前よりも断片的になっているだろうし。

D&Dの4版をプレイヤーズハンドブックしか購入しなかったのが、その証拠。まあ、ソード・ワールドの2版と、アリアンロッドと、アルシャードガイアと、ダブルクロスぐらいはリプレイ中心に追っかけていたんですけどね。

 

 

ただ、近年、KADOKAWA富士見書房含む)の営業方針の変化からか、FEAR社の文庫リプレイが出なくなって、ほぼソード・ワールドのみになったのに合わせて、その分の埋め合わせをどうしたらいいかなあ? と考えていた矢先に、「D&D5版がようやく訳される」って話を聞いて、急に4版のことが気になり出したり、TRPG界隈のアンテナを張り直す気になったのが、2015〜16年辺り。

そこから17年にかけて手の届く範囲でいろいろ再確認していたら、TRPG業界の方もいろいろ活性化しつつあるような空気を感じて、折しもロードス30周年とか、ソード・ワールド版上げとか、いろいろと懐かしさがこみ上げてきて、今年はこのブログであれこれ書いてきた感じですな。

 

 

自分にとってTRPGはあくまで過去の趣味という扱いだけど、未練たらしく捨てきれないアイテムも多く、細々追っかけを続けてきた中途半端なコレクターって感じでおりました。が、まあ、今年は平成が終わるのを記念して、過去の思い出の棚卸しぐらいな感覚で懐古ブログを書いていたら、いろいろ脳内活性化したりして、充実したなって感じです。

で、この勢いは来年にもまたつなげていきたいとも思っているので、「過去から未来につなげる我がTRPG創作の思い出と尽きせぬ想い」って感じで、記事書きできれば幸い。

 

 

うん、台風にも負けず、地震にも負けず。

なお、地震といえば、11月2日の夕方5時前にグラっと揺れましたな。一瞬ドキッとしましたが、その一回だけだったので、今この記事書くまで忘れていたや。調べてみると、震度3かあ。何だか震度3ぐらいだと大して動じなくなっています。

タイミング的に授業中じゃなかったし、後から来た生徒も別に地震の話をしなかったし、帰宅しても別に何かが倒れた形跡もないし、実害はゼロ。「今年は台風21号の方がインパクト大なので、震度3ぐらいの地震じゃ恐るるに足りん」って気分かな。

でも、これが万が一、大地震の予兆だったらイヤなので、余計なことを口にしてフラグを立てるようなマネは慎みましょう(苦笑)。自分はまだまだTRPGの思い出や、今の新作の話なんかもしたいんだからね。

 

★84年~88年「黎明:ボックスと舶来品の時代」


このサブタイトルは、先述のRPGamer誌の記事見出しを踏襲しました。
何らかの参考にできるガイドラインがあると、ブログ記事を書くのも楽ですな。

D&Dのアメリカでの発売は74年で、日本最初の本格的ファンタジーTRPGローズ・トゥ・ロード』発売が84年。つまり、日本のRPG史はアメリカより10年遅れということです。
そして、この84年はSFRPGの『トラベラー』が翻訳発売され、ゲームブックの『火吹き山の魔法使い』が出版された年でもあり、日本のRPG元年に位置付けられるメモリアルイヤーである、と。
ついでに、日本初のコンピューターRPGと言われる『ブラックオニキス』も84年ですな。
あ、11月3日はゴジラの日、という意義付けからすると、1984年もゴジラ復活のメモリアルイヤーなわけで。

なお、TRPGの紹介記事としては、82年の5月の『TACTICS』誌3号に載った安田均氏によるトラベラー紹介記事が最初らしい。そこから83年にかけて、コンピューターゲームも含む海外ゲームの紹介などで徐々にマニアの間でRPGという言葉が浸透していったわけですな。
82年から83年に種がまかれ、84年に発芽した、と。

また、ファンタジーとか本格的とか、そういう飾り言葉にこだわらなければ、83年に『クラッシャージョー』『スタークエスト』『エンタープライズスタートレック)』『スペースコブラ・最終兵器』『超人ロック』などの作品が『ローズtoロード』よりも早い、というマニアックな蘊蓄もあるのだけど、後世に与えた影響、継続性という意味では、やはり83年は日本のプレRPG時代という位置付けで問題ないのでしょうな。
ええと、「最初の特撮ヒーローがウルトラマンではなくてマグマ大使」という主張や、「最初の内部操縦型ロボットアニメがマジンガーZではなくてアストロガンガー」という主張と同じで、事実はそうだけど、マニアックすぎて主流とは言えない意見だと思います。
まあ、元祖も大事だけど、そのジャンルを定着浸透させたメジャー作品はもっと大事と考える立場。


それはさておき。
85年になると、クラシックD&Dの赤箱ベーシックルールが発売され、コンピューターRPGウィザードリィの日本語移植も為されて、ウルティマ3も日本語移植されるなど、コンピューターゲーム方面でもどんどんRPGという言葉が誌面を賑わせていったと記憶します。
マニアック的には、ホビージャパン社からスパイアクションRPG『ジェイムズ・ボンド007』が出て、いわゆるヒーローポイント(プレイヤーキャラクターは常人離れした奇跡的な効果で、ダイス目による確率を超えたアクションが行えるというシステム)の走りとなっていますね。作品そのものは必ずしも人気RPGだったとは言えませんが、ヒーローポイントという概念はロールプレイ重視、ストーリー重視な日本人ゲーマーには受けが良かったようで、88年以降は一気に踏襲した作品が増え、RPGシステム研究家の口端に上ることの多い印象が。
他には、『ローズtoロード』のシステムををアレンジした『グインワールド(小説グイン・サーガRPG)』もおまけ的に挙げておきます。


86年になると、D&D青箱エキスパートルールと、ドラクエと、ロードス島戦記リプレイと、このタイミングでRPGというジャンルが花開き、一般層にも浸透するようになったのは、当ブログでも散々書いてきた通り。86年はRPG関連雑誌も『ゲームグラフィックス』『ウォーロック』などが出版され、海外ゲームの紹介から次第に日本独自の展開を模索するようになるのも、この時期と。

そして、この86年という年だと、ホビージャパンから出たホラーRPGクトゥルフの呼び声』邦訳版が重要な位置を示したりも。こちらはシステムとして「人知を超えた恐怖に接したキャラが狂気に陥るかを判定する正気度(SAN)チェック」が話題に上がることが多いです。また、昨今はネットの動画リプレイというジャンルで人気を博しているとか。
ゲームシステム的には、日本で初紹介されたベーシックRPGシステムということもあって、2年後の『ルーンクエスト』『ストームブリンガー』に至るホビージャパン社のTRPGの一翼を担った作品という位置付け。


続いて87年。
自分にとっては、この年の正月が初めてD&Dを購入したメモリアルイヤーということになりますな。自分のTRPG歴を考える際に、どこからスタートかというと、86年と87年で迷いがち。学年で考えるなら「高校1年生、15歳のとき」で問題ないのですけど。
D&D始めなら87年、その前にオリジナルで作ったTRPGもどきを含めていいなら86年ということになります。つまり、86年が「TRPG(当時はボードRPG)の情報が雑誌などで増えたから、それ読んで自分なりにそれっぽい物を作れる状態になっていた」わけで。
なお、そんなことができたのは、先にツクダのシミュレーションゲームを83年の中1時代からプレイしていて、自分のアナログゲーム履歴は83年スタート。その時期辺りからRPGという単語も商品カタログで見たりしたものの、当初はよく分かっておらず、シミュレーションゲームのジャンルも史実やミリタリーの方面ではなくて、あくまでガンダムマクロスなどのアニメロボット、そしてウルトラマンゴジラなどの特撮怪獣ものの作品がメインになっていたわけですな。
そこから、ゲームブックとかの流れを経て、ようやく86年に「RPGってこういう風にプレイするものなんだ」って知るようになった、と。

そして87年は、ドラゴンランス小説が刊行されて、自分の興味もゲーム→異世界ファンタジー小説に移っていったりします。87年のTRPGトピックとしては、グループSNE設立と、文庫RPGの流れを固めた『T&T』翻訳と、『指輪物語RPG』と『フォーリナー』で、何だか背景世界推しな作品が目立っていて、自分も架空世界を考えることに興味を覚えた時期だったりも。
他には、D&Dのコンパニオンルールや、太平洋戦争期の空戦パイロットシミュレーションRPG大空のサムライ』が発売されたのもこの年。


最後に88年を語って、本記事は終了しましょう。
作品トピックとしては、一気にいろいろな作品が出て盛り上がった年ですね。
世間的にも、86年のドラクエ1、87年のドラクエ2に続いて、88年のドラクエ3でもうRPGというゲームジャンルが「知る人ぞ知るマニアレベルから、知らなきゃゲームを語る資格はない一般レベル」にまで浸透した年ですし、87年末に出たファイナルファンタジーがブレイクする年でもあったり。
雑誌的には、富士見のドラゴンマガジン創刊で、翌年のソード・ワールドにつながりますし、ロードス島戦記の小説も出版されて、今年が30周年というわけです。
RPG以外だと、ファンタジーカードゲームの『モンスターメーカー』が出て、ここからRPG要素を売りにしたカードゲームの流れが生まれます。この流行がなければ、現在のトレーディングカードゲームの受容も少し遅れていたかもしれません。TCG受容の土壌を耕したのが、モンメカの功績の一つと自分は認識。

そして、88年のRPGシステムを列挙することにします。

● まずSNE関係は、社会思想社の文庫RPG『混沌の渦』と、アスキー社のコンピューターゲーム移植の『ウィザードリィRPG』。前者は16世紀イギリスを舞台にした西洋中世RPGで、その雰囲気はよりファンタジー色を強めたウォーハンマーRPG(91年邦訳)に受け継がれていると思います。後者は、元のウィザードリィがコンピューター版D&D的なシステムなので、「より洗練されたD&D」として受け止めていました。大学時代に友人を集めて好んでプレイしたゲームの一つ。

ホビージャパン関連は、先述の『ストームブリンガー』と『ルーンクエスト』。こちらは海外RPGの老舗で、伝統と格式ある商品展開が魅力。

ツクダホビーからは『WARPS』。これは日本のアニメのノリを、豪快なヒーローポイントシステムで再現した、当時の人気システムです。『ルパン3世 カリオストロの城』や『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』とのコラボなど、アニメファンをTRPGに引き込む牽引力になったわけで。

エポック社の『ルール・ザ・ワールド』。これも悪の秘密結社から日本や世界を守る系のコミックヒーローを再現する和製RPG

富士見書房からは『ブラッド・ソード』。どちらかと言えば、複数人数でプレイできる連作ゲームブックという感じでしたが、まあ「ゲームブックRPGの入門書と考える方向性」ですな。

モンスターメーカーの翔企画からは『ナイトメアハンター』。これも最初の企画は『ドリームハンター麗夢RPG』なので、当時のRPG界の大きな流れに、「日本のアニメ物語をいかにRPGのシステムで再現するか」という要素があったわけですな。


ここから業界が成熟して、RPG的なファンタジー物語をアニメ化させる流れが90年代から現在までの主流になっていると考えますが、ゲームというものが物語フィクションに受容されていく過程が、89年以降の平成時代の大きな趨勢だったと結論。
そこに至る前の、まだ昭和時代の1988年までは、「海外ゲーム→日本への紹介」から始まり、「日本アニメ→RPGで再現」ということで国内オリジナル展開を模索という形で、TRPGが浸透していったんだな、と本記事書きながら改めて実感した次第。
(本記事完)