リーサン・パンザの物語
俺の名前はリーサン・パンザ。
奈落の帝王だ。
え? 残飯漁りじゃないのかって?
あのな。お前が何者かは知らないが、この異界の奈落(アビス)と交信して、俺に接触できてるってことは、それなりの見識を備えた魔法使いか、あるいは強力な魔法の物品を見つけた冒険者のどちらかだと思うが(もしかすると、俺みたいな異界の魔王か神なのかもしれんが……まあ、たぶん思い過ごしだろう)、誤解のなきよう言っておく。
とにかくだ。
リーサン・パンザが残飯漁りをしていたのは、ほんの数日の話だ。
たった数日の出来事で、そんな不名誉なレッテルを貼り付けるのは、キノコを見て森を見ない偏見に過ぎん。もっと、お前は物事を大局的な視点で見るべきだ。
まあ、俺もよく相棒のカデューサス(知恵ある蛇で、この俺の奈落での話し相手だ)に言われることだがな。
やたらと細かいことにこだわる相手には言ってやるといいぜ。
『そんなつまらないことを気にしているから、お前は小者なのだ。物事はもっと大局的な視点で見るべきだ』とな。
で、大局的な視点というものを、話してやろう。
まず、今の俺は〈奈落の帝王〉ということになっている。
前の〈奈落の帝王〉が、ムカつく野郎だったから、そいつをぶっ飛ばして、世界を守った英雄……なんだが、運命神ってのは時々、英雄に過酷な運命を押しつけやがる。
目には目を、歯には歯を、奈落の帝王には奈落の帝王を、という理屈はどうだか知らないが、
とにかく、〈奈落の帝王〉を倒すには、俺自身が奴と同じ力を身につけないといけなかったわけさ。
悪魔を倒すには、悪魔の力を以てする。
魔女を倒すには、魔女の力を身につける。
化け物を倒すには、自らも化け物になる……と言ったところだな。
もちろん、他の手段だってある。
暗殺者を倒すために、暗殺者ハンターになるのと同様、
〈奈落の帝王〉を倒すためには、奈落の帝王ハンターになるってことも考えたさ。しかし、〈奈落の帝王〉ってのは同時に一人しかいないレアな存在なため、それを狩るような職業も一般的じゃないってことだ。一体狩ったら、もはや商売上がったりな、潰しの効かない職業に誰が就きたい?
それなら、まだ悪魔ハンター(魔狩人)と名乗る方が将来性があるってもんだ。
そもそも、あのときは時間がなかった。
俺が頑張って、奈落の帝王ハンターなり、魔狩人なりに転職するための方法をあれこれ探している間に、世界が滅びたんじゃあ意味がない。
時間が足りないときは、人は何かを犠牲にしてでも、本当に為すべきことを果たさなければいけない。
大義のために、己が人生を賭ける……なんてのは柄じゃないんだがな。
俺の本分、つまりトレジャーハンターだったら、お宝のために、己が人生を賭けるってのはありだろう。
さすがに残飯のために、人生を賭けるつもりはないので、俺は残飯漁りじゃなくて、トレジャーハンターってことさ。
トレジャーハンターにして、暗殺者ハンターにして、〈奈落の帝王〉。俺を表す称号は、とりあえず、こんなところだな。
まあ、〈奈落の帝王〉ってのも、なっちまえば、それほど悪いものでもない。長寿らしいから、時間に追われてあくせくする必要はないし、古今東西の絶大な価値あるお宝(アーティファクト)に関する知識も手に入るので、トレジャーハンターとの兼職も可能だ。
問題は、自分の領域(奈落)を治めないといけないので(放っておくと、他所の世界を侵略しようとするバカどもも奈落って場所には少なからずいるから、適度に抑えつけておかないと俺の管理不行き届きってことになって、運命神に英雄を差し向けられて責任者として退治されちまう)、自由気ままな冒険の旅をできない身の上になってしまったってことだ。
世界のために望まぬ力を得たが故の代償って奴さ。
どうだい、お前さん。
力ある魔術師だったら、俺にその体を譲ってくれないか? お前と俺が立場を入れ替えて、俺はまた人として楽しい冒険に出る。お前さんは、ここに引きこもって、じっくり研究生活を続けるってのは?
何? お前にはお前のやりたいことが人の世にいろいろあるから、〈奈落の帝王〉として封印されるのは真っ平ご免だって?
いや、別に俺は封印されているんじゃなくて、単に世界に迷惑をかけないよう自制してるだけなんだがな。
まあいい。お前の人生を縛るつもりはないよ。
ただ、せっかくこうやって交信がつながったんだ。
俺がどうやって〈奈落の帝王〉になったかの物語には興味がないか?
ん?
謎かけ盗賊に拉致された後のリーサン・パンザの物語が知りたいって?
……思ったより、物好きな野郎だな。
え?
リーサンの娘のリサ・パンツァのファンだと?
いや、俺には娘なんていないはず。少なくとも、俺は作った覚えがねえ。
何? アランシアでは、リーサンの娘、リサ・パンツァの英雄譚が一部世間で語られている?
う〜ん、俺が作ったはずのない娘が存在しているとは、それこそ謎だな。
こういう謎の裏には、やはり運命神とか謎かけ盗賊ってのが絡んでいるに違いない。
きっと、謎かけ盗賊がこの俺、リーサン・パンザに変装して、勝手に娘を作ったとか、そういう話じゃないか?
おのれ、謎かけ盗賊。俺の人生や愛を滅茶苦茶にしやがって。
奴だけは、絶対に許せない宿敵みたいなものだな。
よし、お前には、この〈奈落の帝王〉リーサン・パンザの代理人(エージェント)として、謎かけ盗賊を追いかけて、天誅を与えて来ることを要請する。
褒美として、俺が知り得る知識を与えてやるってのはどうだ?
まあ、適度な数の質問(1つか2つか3つってところだな)に答えてやるってことで。
そっちの世界と交信はできても、直接の干渉はできない以上は、これぐらいのことしかできんが。
ん? 謎かけ盗賊のことを追いかけるにしても、奴の情報が欲しいだと?
やる気になってくれるのは嬉しいね。
では、この俺、リーサン・パンザと、憎き悪党、謎かけ盗賊リドリング・リーバー、略してリーバーの関わりについて、話してやろう。
リーバーとの縁
あれは俺がファングの街で、アズール卿と対峙して、《死の罠の地下迷宮》へ行けって言われたときだな。
突如として、俺が指にはめていた《時間歪曲の指輪》が輝いて、俺は意識を失ったんだ。
再び意識を取り戻すと、魔剣アストラル・ソードや指輪などを失い、俺は気球に乗せられていた。
気球の持ち主こそが、あの謎かけ盗賊、リーバーの奴だ。
「やあ、リーサン・パンザ!」例の奇妙な笑顔を貼り付けた仮面の主が、親しげに俺の名を呼んできた。
俺の名前を知っているのか?
もしかして、こいつも暗殺者の一人か?
俺はとっさに剣を抜こうとしたが、腰に剣がないことに気づいた。
「心配することはない。わたしは君の命を狙うつもりはない。少なくとも今この場では、君を害しないと約束しよう」
道化のようにけばけばしい、鮮やかな色合いの衣装を身にまとった男は、大仰な振る舞いで会釈してみせた。
「わたしの名前は〜人呼んで〜、謎かけ盗賊〜(リドリング・リーバー)」おかしな身振りで自己紹介したあと、さらりと言ってのける。「運命神に成り変わり、君を迎えに来たんだ」
こいつのペースに乗せられまいと、何とか平静さを保って問いかける。
「俺を迎えに? 何で?」
「君の運命は、南アランシアの街カラメールに通じている。そこで新たな冒険が君を待っているのさ」
カラメールって名前の街は聞いたこともなかったが、新たな冒険って言葉には、興味があった。
少なくとも、アズール卿の命令で《死の罠の地下迷宮》に潜らされるよりは、生き延びるチャンスがありそうだ。
「お宝が手に入る冒険だろうな?」
仮面の男リーバーに尋ねた。
「そいつは君の運と才覚に掛かっている」
まあ、そりゃそうだ。
運も才覚も持たない奴には、どんな冒険だって生き残ることは難しいし、仮にタフさや執念で生き残ったとしても、お宝を得られるとは限らない。
ただ、南アランシアと聞いて、喜ばしいことはあった。
少なくとも、そっちまではアズール卿に追いかけられる心配はない。アズール卿から逃げるために、この仮面の男の提案に乗ってみる価値はあると思った。
それに、どっちにしても、俺に選択権はなかった。
俺が気を失っている間に、リーバーの気球は異教平原はおろか、さらに南のフラットランドを飛び越え、広大な白骨平原の上空にまで来ていたからだ。
北西アランシアから、来たことのない南東アランシアまで大陸を斜めに縦断する空の旅。
器用な手つきで気球を御しながら、リーバーという男は俺に食料を与えたり(信頼度が少し高まった)、南アランシアの地図を見せてくれたりしつつ、巧みな話術で南の冒険に関して必要なことを教えてくれた。
南の地では蛇やトカゲなどの爬虫類種族が強大な国家を築いて、人類の伝統ある都市国家にしばしば侵略戦争を挑んでいること。
侵略戦争という言葉は、その時の俺には聞き慣れなかった。北西アランシアで文明ある王国といえば、サラモニスが有名で、ぎざ岩高地とかに潜伏するゴブリンやオークなどの闇の種族との小競り合いが行われているが、戦争というほどの大規模な衝突にはまだ至っていない。《トロール牙峠戦争》と呼ばれる悪の魔術師同士の大戦争に巻き込まれるのは先の話だ。
他に、部族抗争のレベルでストーンブリッジのドワーフと丘トロールの小競り合いがあるという話も聞いていたが、俺の住んでいた北西アランシアは、国家間の戦争という規模でぶつかり合うほどは文明が発展していなかったと言える。
それに比べると、南アランシアは西部の神権国家アランティス、トカゲ帝国シルアー・チャの侵攻に抗っている中部の武人王国ヴィモーナ、そして東部の港湾都市カラメールと周辺諸国の大きく3地域に分けられ、それぞれで闘争と冒険の材料が転がっているらしい。
「どうしてカラメールなんだ?」リーバーに目的地の選定理由を尋ねると、
「運命神の導きさ」と、はぐらかされた。
そして、俺は空の旅で、南アランシアの一般的な常識を学んだあと、唐突に気球から降ろされた。
「悪いね。わたしにも他にしないといけないことがある。カラメールまでは、南の山岳地帯を抜ければ、もうすぐだ。君はここから南へ進み、途中で3人の仲間と合流し、平原を抜けてカラメールに到達することになっている。そこでまた、わたしと再会することになるだろう」
予言者めかした言葉を残して、リーバーの気球は飛び去った。幸い、旅に必要な食料とわずかばかりの金貨、そして一本の名剣をリーバーは授けてくれた。
「北東のドワーフ王国ファングセインで鍛えられた名刀さ。君の冒険には役立つだろう」
この段階では、リーバーに対する憎しみは微塵もなかった。謎めかした発言と、少々強引にも思える導きで、胡散臭いところもある男だが、俺よりもずいぶん博識で広い世界のことをよく知っている。
そして、アズール卿の魔の手から俺を救ってくれたし、新たな冒険の世界に俺を誘ってくれた。
恩人と言えなくもないが、魔術師のヤズトロモさんやニカデマスさんのような信用とは程遠い。
そのうえ、後にカラメールの秩序の破壊者、いや、下手をすると(俺たちが止めなければ)アランシアの善悪の秩序を根底から覆すほどの野心をかいま見せたことで、俺にとってのリーバーは、「宿敵レベルのド迷惑な悪党」という認識に置き換わった。
そう、謎かけ盗賊リドリング・リーバーの価値基準は善悪ではなくて、世界の秩序をかき乱し、バランスの天秤を揺り動かして、彼らの言うところの「面白い冒険の世界」を生み出すことにあるのだ。
悪の野望が達成されようとする状況なら、正義の側につき、
平和が達成されそうな状況なら、混乱の種をまき、
本人は中立と称しながら、世界を騒めかせる存在。
そして、奴に見込まれた冒険者は、過酷な運命の悪戯に翻弄されるという。
次に出会った謎かけ盗賊は、カラメールの領主を殺害して、俺たちに挑戦状を投げかけて来た。
FF32巻の攻略前に
リモートNOVA『……ということで、ゲームブック「奈落の帝王」をクリア後のリーサン・パンザが読者さんに語りかけるという形で、彼の冒険譚を記してみようかな、と』
アスト「すると、リーサンは本当に〈奈落の帝王〉とやらになっちまったのか」
NOVA『ついでに、過去のリーサン・パンザ関連の物語(「危難の港」「アランシアの暗殺者」および「死の罠の地下迷宮」の準備編)にも、カテゴリー検索できるようにした。もしかすると、リーサン・パンザのファンが過去記事をさかのぼって読みたがるかもしれないからな』
アスト「そんな奇特な読者がどれだけいるかは知らんが、リーサン主人公の攻略記事も3作めになったなら、カテゴリーにしてもいいかもな」
ダイアンナ「だったら、ダディ。あたしのリサ・パンツァにもカテゴリーをくれないか?」
NOVA『今のところ、「死の罠の地下迷宮」と「雪の魔女の洞窟」の2本だけだからな。次の「恐怖の神殿」の攻略記事を書くタイミングで、リサのカテゴリーも作ってみよう』
アスト「でも、リーサンは娘のリサのことを認知していないってのは、なかなか酷い話じゃないか」
NOVA『その辺は、運命神のいたずらで人知を超えた時間軸の異変が起こっているってことだな。だから、リサがリーサンから譲り受けたアストラル・ソードと指輪は、実はリーサンの手から謎かけ盗賊が勝手に拝借して、リサに託されたって話になる。リーサン→リーバー→リサという渡り方になるな』
ダイアンナ「すると、リサはリーサンの娘じゃなくて、リーサンに変装した謎かけ盗賊の娘ってことになるのかな?」
NOVA『いや、〈奈落の帝王〉になったリーサンは半分、神みたいな存在になったので時間に干渉することもできるようになる。だから、辻褄合わせのために、後からリサを仕込むことになるんだ。よって、リサは人間リーサンの娘ではなくて、魔王リーサンが人界に干渉して生まれた娘という後付け設定を今回考えた』
ダイアンナ「つまり、リサはただの人間だと思っていたら、実は異界の魔王のエッセンスが最初から入っていたということに?」
NOVA『まあ、それぞれ独立したゲームブック間のストーリーを無理やりつなげようとしたら、使えるものは何でも使えって話になる。「奈落の帝王」のラストが人から魔王(あるいは神に匹敵する上位的存在)への転身という形で終わるなら、娘のリサはギリシャ神話的に半神、あるいは半魔的な血筋にすると、いろいろと派手な厨二病的な展開にもできる。20巻を越えた後のFFシリーズは、ただの冒険者から神話的な英雄伝説の方向性にブラッシュアップしている感じがある。現在のスカラスティックの復刻展開だと、割と大人しめの初期FFのテイストっぽいが、若手作家はもっと派手なストーリーを描いているのかもしれん』
アスト「それにしても、既に〈奈落の帝王〉になってからの懐古譚か。いきなりネタバレをかましているんだな」
NOVA『「奈落の帝王」(原題はスレイブズ・オブ・ジ・アビス=奈落の奴隷)は、1988年の作品。邦訳は1990年で30年以上も前だからな。今さらネタバレなんて気にしてちゃ、攻略記事が書けない。ともあれ、出版当時は衝撃のラストって感じだろうが、ジャクソンの小説「トロール牙峠戦争」(アランシアの歴史的事件は神々のゲームだったというメタ的なオチ)と同様、人界から異界の神に昇格ってストーリーも今となってはありふれた内容と思う。そして、今回の攻略記事が神視点なのは大切な理由がある』
アスト「どんな理由だよ?」
NOVA『神だから、過去と未来を自在に行き来できるというか、少なくとも指輪がなくても未来視ができるし、IFルートだって自由に語っていいだろう。既に攻略済みの冒険を語るのだから、臨場感はないにせよ、解析内容を俺自身も素で語れるし、リアルタイム攻略とはまた違った切り口で記事書きできるってことさ』
ダイアンナ「ああ。リサの持ってる《時間歪曲の指輪》による未来視と同様に、神だから攻略に必要なメタ情報も分かるって話か。プレイヤーのダディ視点と、キャラクターのリーサン視点を合わせるための理屈だと」
NOVA『もちろん、俺は神じゃないけど、作品世界では作者=上位存在の神に匹敵するという説もあるわけで。ただ、神だから何でも思いどおりにできるかというと、そうでもないわけだが』
アスト「神が全てを決定づける運命論的な物語は、キャラクターが生きてなくてつまらない、と言われるからな」
NOVA『俺自身は、物語は作られるものではなく、何かの機縁で生まれるものと考えているわけで。作者にできるのは、自分の思いつきに形を与えて、体裁を整えてやるだけに過ぎん。自然発生的な作品だから、多少の誘導や干渉はできても、全てを支配できることはないって考えさ。全知全能の唯一神ではないからな』
ダイアンナ「物語論はさておき、職業作家がそういうことを言ってたら、まずいんだろうね」
NOVA『まあ、自分の作るものに責任は持てませんって宣言に近いからな。アマチュアゆえの妄言ということで勘弁だ。ともあれ、この「奈落の帝王」という物語は結構ややこしいところがあって、背景ストーリーが割と細かい。たった3ページの文章の中に、7人のキャラクターの固有名詞が登場して、しかも冒険中にそこそこ影響してくる。カラメールの貴族とか、プレイヤーキャラの知り合いの冒険者とか、一度に大量な情報が流れ込んできて、一読しただけじゃ把握しきれないほどだ』
アスト「ジャクソンの『モンスター誕生』以降、FFシリーズでは背景に凝った濃密な作品が増えていると聞いたが、32巻もそうか」
NOVA『まあ、アーロックほどではないが、アーロックの場合、背景で示された情報が本編中ではほとんど活用されていなかったために、攻略記事ではあまり気にする必要がないという形だ。一方、本作は背景情報に出て来る人物関係が、中盤の宮廷陰謀劇めいたシーンでそれなりに重要になって、ゲームブックを読み進めながら、キャラクターの人物相関図(あるいはメモ)を書かないと、物語の整理ができないわけだ。さらに、カラメールの物語の前日譚として、FFシナリオ「謎かけ盗賊」とのリンクもあるし、その後のFF57巻「メイジハンター」(未訳、1995)にもつながって来るらしい』
アスト「しかも、作者のポール・メイソンが現在、日本在住とのことで、去年の春から夏にかけてGMウォーロック誌にAFFのシナリオ記事を掲載したからな」
NOVA『だから、ここでも謎かけ盗賊をプッシュする流れにもなった。そこで、ゲームブック「奈落の帝王」の攻略を始める前に、前日譚のシナリオ「謎かけ盗賊」の大筋だけでも、リーサンの懐古として紹介しておこうって話だ』
ダイアンナ「そっちの攻略までしようってことかい?」
NOVA『さすがに、それは手間が掛かり過ぎるので、大雑把な筋書きだけだな。「謎かけ盗賊」のシナリオは全部で4章構成で、章題を挙げると、以下のとおりだ』
- カラメールの呪い
- 謎の航海
- 運命の振り子
- エントロピーの世界
NOVA『シナリオ「謎かけ盗賊」は4人のキャラが推奨という形なので、リーサン以外の3人の仲間が必要なんだが、そちらは「奈落の帝王」に登場するNPCを先行紹介という形で語ることにする。「奈落の帝王」が厄介なのは、主人公が無色透明な設定に見せかけて、劇中で既に知り合いの冒険者が結構いて、さらに剣術の師匠まで突然、湧いて出て来る。これがアーロックだと、突然に湧いて出た設定をスルーしても問題ナッシングなんだが(攻略に支障はない)、本作は攻略上、重要な鍵だったり、いろいろと感情移入を求めてくる』
アスト「その辺の仕込みを先に準備編で済ませておこうってことだな」
NOVA『そんなわけで、「謎かけ盗賊」の大筋と、3人の冒険仲間との関わりを伏線として語ってから、ゲームブック本編の攻略記事に移ろうって趣向だ。なお、シナリオ「謎かけ盗賊」の一番重要なネタバレは、リーバーが出題する数々の謎々と罠や仕掛けなんだが、それらの解説は省く。ゲームとしては、プレイヤーが相談しながら謎解きするのも醍醐味と思うが、シナリオで普通にGM向きの答えが書いてあるし、プレイヤーが自力で答えにたどり着けない場合に、ヒントを出すためのNPCまで設定されている。
『出題される謎の数々は、謎解きパズルゲームとして結構楽しいんだけど、それを記事で書いても、面白いストーリーにはなりそうにないし、今後、シナリオがリメイク的に復刻した場合に、興醒めにならないよう、ストーリーの大筋以外の細部はネタバレしないことにする。さすがに細かく書き記す時間もないだろうしな』
ダイアンナ「謎解きパズルの要素を強く備えたシナリオか。最近のアナログゲーム界の流行を先取りしたような話なんだね」
NOVA『これで殺人事件の犯人は誰だ? 的な展開にすれば、マーダーミステリーなんだけどな。シナリオでは領主殺しの犯人は謎かけ盗賊だと分かっているので、そこに疑問点が生じる余地はないんだが、むしろ謎かけ盗賊の野望の全容を突き止めるのが目的。そして、マーダーミステリー的な展開は、ゲームブック「奈落の帝王」の方で明確に描かれる』
アスト「どういうことだ?」
NOVA『ボスの〈奈落の帝王〉と結託して、カラメールの国を崩壊させようと目論んでいる裏切りの貴族は誰だ? とか、錯綜した人間関係の裏に潜む真実みたいな推理劇を、情報集めて解かされる。よく分からんNPC同士の人間関係を把握しないと、ドラマがよく楽しめないというか、プレイヤーは事件の奥の真相を探りながら、話を進める必要がある』
アスト「ハック&スラッシュ(怪物退治とお宝集め)とは真逆のゲーム性だな」
NOVA『ついでに、リーサンの事件調査を妨害すべく、敵の刺客が襲いかかって来る展開もあって、暗殺者ハンター的な要素もちらほらと。アーロックでは、宮廷陰謀劇みたいな背景を示しつつ、陰謀の解決にプレイヤーが何も役割を果たせず、勝手に物語が動く作品だったけど、「奈落の帝王」では犯人当てのシーンもあったりして(間違った相手を告発するとゲームオーバー)、能動的な調査活動にもしっかり意味があるという作品だ』
ダイアンナ「いちいちアーロックを引き合いに出すんだね」
NOVA『そりゃあ、同時期の作品だからな。アーロックも陰謀劇めいた要素はあるのに、プレイヤーキャラが陰謀を解き明かす調査官として有能な背景設定にも関わらず、そういうゲーム性にはなっていなかったことのチグハグ感があって。じゃあ、アーロックが目指した理想はどの辺にあったのか、と考えてみると、前作の「奈落の帝王」が秀逸な謎解きゲームになっていたという話だ。ただし、「奈落の帝王」にも大きな欠点がある』
アスト「何だ?」
NOVA『間違った選択肢を選ぶと、呆気ないほどキャラがよく死ぬ。戦闘で死ぬのではなくて、的外れな調査で時間を無駄にしたために、カラメールの崩壊を防げなかった的なバッドエンドが数多く、バッドエンドの唐突感(物語の断ち切られ方)がいささか感情移入を損なう感じだな。対象年齢がもはや児童層ではなくて、明るい冒険譚とは程遠い作風だ。とにかく、人が死に、世界が崩壊に向かう終末感が半端ない。豪快にして痛快なヒロイックファンタジーではなく、陰鬱なホラーミステリーの方向性で、意外とシナリオ「謎かけ盗賊」とも違う雰囲気だ』
アスト「謎解きという要素は共通している。だけど、物語の雰囲気は別物ってことか」
NOVA『「謎かけ盗賊」はリーバーが悪役で、彼を追って壮大な冒険の旅が展開される形だ。日本で言えば、江戸川乱歩の怪人二十面相とか少年探偵団的なノリでプレイできる陽性シナリオだな。一方で「奈落の帝王」は滅亡に瀕した世界で、リーバーがプレイヤーの助っ人として手掛かりをくれる。彼にとっては、〈奈落の帝王〉の暗躍が望ましくないので、主人公に状況を打開して欲しいわけさ。訳者が違うので、リーバーの喋り口調まで違って来る』
アスト「それって、中身が別人に成り代わってないか? 謎かけ盗賊1号と、謎かけ盗賊2号と」
NOVA『その可能性も否めないな。ともかく、シナリオ版では悪役で1人称が俺口調。ゲームブック版では助っ人役で(登場シーンは短いが、会わないと攻略不能になる)、わたし口調。ただ、これは謎かけ盗賊が演技と変装の達人で、さまざまなキャラを演じ分けているとも解釈できる。「野卑な田舎者のあいだでは、陽気なおどけ者で乱暴者。貴族の屋敷では、魅力と騎士道精神にあふれ、上品で礼儀作法をわきまえた完璧な外交家」とキャラ紹介されている。そして、立ち位置も中立なので、状況次第で悪にも善にもなり得る。ただし、世界の破滅までは望んでいないので、基本的には為政者を引きずり落として、革命直後の混乱状態を作るのは好きだが、悪の勝利に対してはそれを抑えるように立ち回るキャラだ』
アスト「つまり、某灰色の魔女と似たような原理で動くってことだな」
NOVA『「謎かけ盗賊」の原本は1986年で、ちょうどロードスの発表と同じ年なんだな。タイミング的に、カーラのモデルがリーバーということはないと思う。まあ、リーバーが日本語で訳されたのは90年2月で、「奈落の帝王」の方は90年3月。うまく時期を合わせた形だが、それだけに訳者も違っていて、キャラの統一感も連携が取れていなくて、いろいろと解釈の余地のあるキャラだ。一つだけ言えるのは、善悪どちらの立ち位置でも使えて、物語をかき回す使い手にとっては便利キャラってことだな』
アスト「仮面を着けて、善悪どちらでも立ち回るってことは、某赤い彗星に通じるものもある、と」
NOVA『ただ、謎かけ盗賊の素顔は見せたことがないんだよな。だから、それこそ運命神ロガーンがそこら辺の一般市民に仮面とコスチュームを着させて、洗脳または憑依して謎かけ盗賊を名乗らせている可能性も否めないし(仮面ライダーオーディンみたいなもの)、とにかく、悪漢の要素と仮面の貴公子の要素を合わせ持っていて、多面的な役割で活用できる神出鬼没な運命神の使徒として便利なキャラなんだと思う』
ダイアンナ「では、次も、そんな謎かけ盗賊さまの物語を期待するとしようか」
(当記事 完)