リーサン・パンザの後日譚
以上が、この俺リーサン・パンザが〈奈落の帝王〉になるまでの物語だ。
まあ、あれからバイソスの研究日誌なんてものを見つけて、解読を進めながら、俺自身の研究も進めているんだが、俺はあの男と違って、魔術の素養はさっぱりだから、苦労している。
カデューサスやアレセアのアドバイスがなければ、とっくの昔に〈奈落の帝王〉の座など放り出してしまっていただろう。
え? そう簡単に放り出せるのかって?
例の魔法のスープを飲まなければいい。
ちょっとした禁断症状にさえ耐えられれば、元の人に戻るのは難しくない。問題は3点ほどあるがな。
まず、1点。〈奈落の帝王〉の威厳を喪失してしまえば、バイソスの作り出した召使いたちが俺に従う理由がなくなること。少なくとも、この奈落の地で人間に戻ってしまえば、俺は召使いの助力なしに脱出しなければならない。
次に2点め。謎かけ盗賊の仕込んだ辻褄合わせのために、俺はやはり過去に戻って、娘を作らないといけないようだが、その過去に戻る方策を見つけ出すまでは〈奈落の帝王〉でいた方が都合がいいってことだ。
最後の3点めなんだが、バイソスという男が俺なんぞ及びもつかないほど優秀だったらしく、この奈落の地をうまく統治する機構を組み上げてしまっているんだな。俺が奴の後釜で、帝王でござい、とふんぞり返っていられるのも、奴が見事に召使いどもに仕事を割り当て、資源を循環させ、魔力のエネルギーを伝達させ、外からの妨害がなければ半永久的に持続可能なシステムを組み上げたおかげだ。
その完璧なシステムから今の俺、〈奈落の帝王〉というピースを外してしまうと、一定の秩序に基づいた世界が混乱し、その余波が地上にまで悪影響をもたらしかねないから、無責任に自分の役割を捨てるようなマネはするな、とアレセアから釘を刺されたりもしている。
ともあれ、バイソスは全知全能の神ではなかったが、自分の構築した世界の中では完璧な機構を実現させた。俺なんかは奴の組み上げたシステムを奪って、使っているに過ぎない。
奴のマメな日誌を読むにつけ、マジメで完璧主義な性格と人柄を実感するぜ。俺の仲間だと、やはりルーサーなんかが近いんだろうな。
ただし、バイソスに欠点があるとしたら、完璧すぎて、人の世界では敬遠されたのだと思う。遊びの部分が足りないというか、人を目的達成のための歯車や資源のようにしか見ていなくて、ユーモアに欠けるというか、それはリーバーが彼からユーモアの心を盗みとったせいかもしれないし、元々、欠けていた奴の感情をリーバーが刺激して無理やり植えつけたのかもしれん。
とにかく、奴の完璧な計画を、俺とリーバー、その他、多くの人々が協力してひっくり返したのは事実だ。人を魂のない傀儡、あるいは群体を構成するハチやアリのような存在に作り変えて、独り善がりの完璧な世界を創ろうとする奴の計画は、自由な感情を大切に考える人々の想いの力で打ち破られたと言っていい。
もちろん、想いの力なんてあやふやなものだけでは、どうしようもなかったろう。想いを力に換えるために、奴の構築した〈奈落の帝王〉システムを利用させてもらった。言わば、奴の完璧さをコピーして拝借すれば、奴を追い落とすことができたってことさ。
俺が奴みたいに、誇り高い発明家なら、他人の構築したシステムを使って相手を追い落とすなど恥知らずなマネと考えていたかもしれん。
ただ、俺はただのトレジャーハンターだから、便利なお宝だと思えば、拝借して活用することに何の痛痒も感じない。
〈奈落の帝王〉に打ち勝つのに、〈奈落の帝王〉の力が必要なら、遠慮なくそうするのが俺なりの合理性ってものだし、盗みがどうこう言って責められるなら、奴だって人々の魂を盗んでいたのだから、どっちの罪が重いかは軽々しく断定はできないだろう。
いずれにせよ、リーサン・パンザはカラメールの英雄となったし、バイソスの奴は国を脅かしたクズの悪党として、シージュやルーサーともども、カラメールの人々から忌み嫌われているようだ。
俺個人は、あの連中にどんな感情を持っているか、自分でもはっきりしない。それぞれが優秀な人間だったが慢心と奇妙な劣等感に苛まれて、道を踏み外したのだとは思う。憎むべき連中だとも思うし、可哀想という憐憫さえ感じるが、大多数の人々の幸せのためには、いなくなって良かったとも思うし、いろいろ複雑だな。
まあ、いい。それよりも、今度はお前さんのことを話そうじゃないか。
俺ばかり話してたんじゃ、不公平ってものだからな。
当作の難易度
リモートNOVA『では、EX記事だが、今回はバッドエンドの確認をしない。44個もバッドエンドがあるわけで、手間が大きいし、バッドエンドのシチュエーションも裏切りとか謀略とか複雑で、質的にも解説するのが面倒だから』
アスト「じゃあ、難易度だけ決めて、さっさとまとめに入ろうぜ」
★奈落の帝王(難易度7)
・ラスボスが強い(◯):ラスボスのバイソスは、普通に戦うこともできるし、パラグラフ選択で倒すこともできる。戦うときの能力値が、現世(技10、体15)と奈落(技10、体10)の2種類あるのもポイント。
作品内での威厳や存在感も抜群だけど、謎かけ盗賊に翻弄されたという過去設定のせいで、立ち位置や悪事の規模に反して、小物の笑い上戸とか、不利になると途端に逃げ腰になる残念武人に思えます。
作品そのものがややマイナーなので、知名度も高くありませんが、総じて有能なボスだったと思います。帝王としては、クールな威厳とお笑い要素を備えた2.5枚め風になるかな。
・全体的に罠が多くて死にやすい(◎):とにかく、バッドエンドの多さと、イヤらしい陰謀系な引っ掛けが数多く、サスペンスミステリーな雰囲気もあって、難易度が高い。
・パズル構造が複雑(◎):ジャクソンタイプのゲーム構造で、正解ルートへの道筋を見つけ出すのが非常に困難。
・ゲームシステムが難しい(◯):時間点が『地獄の館』の恐怖点と同様、緊張感を高めてくれる。数値バランスも大変絶妙で、事故らなければ、割とギリギリ時間に間に合うような調整になっている。
・フラグ管理がややこしい(◯):アイテム数はそれほどでもないけど、ストーリー分岐の条件とか、初見だとバッドエンドの理由が不明瞭な点とかも含めて、何が正解なのかパラグラフのフラグ解析がなかなか困難。これでアイテムに番号が付いていたりすると、◎評価も付けられるけど、細かい数字管理は時間点だけでまかなっているので、フラグ処理はキツくないか、と。
NOVA『ということで、難易度7は結構、難しい作品だってことだな』
・8:火吹山の魔法使いふたたび、モンスター誕生
・7:地獄の館、天空要塞アーロック、サラモニスの秘密、奈落の帝王
・6:バルサスの要塞、危難の港、サイボーグを倒せ、死の罠の地下迷宮
・5:さまよえる宇宙船、アランシアの暗殺者
・4:雪の魔女の洞窟
・3:火吹山の魔法使い、魂を盗むもの、トカゲ王の島
・2:盗賊都市、運命の森
アスト「難易度8に届かないのは、ボスが激強というほどの能力ではないのと、パラグラフジャンプがそれほど多用されていない点かな」
NOVA『難しくはあるし、バッドエンドがイヤらしくもあるけど、理不尽って感じはあまり受けないのは、相応に伏線が機能していて、ストーリーがしっかり組み上がっているからだと思うな。理解してしまえば、納得できるストーリー構成ってことで、行き当たりばったりというよりも、きちんと組み上がっているための融通の利かなさゆえに、道を外れるとアウトというゲーム性だ。そして、正解どおりに進むと、ランダム要素が最小限に、きれいに紡がれるストーリーというのも、個人的には芸術性が高いと思う』
ダイアンナ「現代の謎解きゲームやマーダーミステリー的な要素を先取りしたゲームとして、古いんだけど先見性に満ちた要素もあるってことだね」
NOVA『逆に、日本のFFシリーズではまだ評価が定まっていないという意味で、知られざる傑作と見なしてもいいかもしれない。個人的には、今の時期に初めて解いたことで、ようやく作品の面白さが理解できたと思う。もしも、90年代に解いていたら、終盤の意外な展開を受け入れられなかっただろうしな』
アスト「『超・モンスター事典』や『魔界ガイド』みたいな副読本が登場してからプレイしたことで、見えてくる世界観もあるわけか」
NOVA『アランシア南部や東部は、日本のゲームブックでは掘り下げが為されないままに終わったからな。ともあれ、今回、初めてアランシア南部を舞台にしたゲームブックを攻略したわけで、FFコレクションの方も、いつかその辺を掘り下げた未訳作品が出ると嬉しいな』
アスト「その前に、クールをどう展開するか、だと思うがな」
NOVA『ええと、クールが舞台なのは、既訳だと「サソリ沼の迷路」「海賊船バンシー号」「サムライの剣」「仮面の破壊者」「ナイトメアキャッスル」「恐怖の幻影」「悪霊の洞窟」だっけ。あと「王子の対決」かあ。アランシアに比べると統一感がなく、バラバラの世界観のイメージだけど、FFコレクションでも、これから掘り下げられるといいなあ』
リーサン・パンザの代理人を求めて
さて、お前さんの立場だが、この俺、〈カラメールの救世主〉にして〈奈落の帝王〉のリーサン・パンザと双方向交信ができているという時点で、凄いってことだ。
それは自覚した方がいいぜ。
この奈落(アビス)と双方向交信できているのは、今のところアランシアでは、変幻の森のアレセア婆さんしかいなかったんだからな。
あっ、一応、謎かけ盗賊のリーバーが交信して来たこともあったな。運命神から俺に「〈奈落の帝王〉に就任おめでとう。これからも、しっかりよろしく頼むそうだよ」と一方的に言って、通信を切りやがって。
そうなんだ。
リーバーの奴は、どういう仕組みか、こっちに連絡を寄越して来るのに、こっちはリーバーが何をしているのか、ちっとも足取りがつかめない、と来ている。〈奈落の帝王〉の俺よりも、〈謎かけ盗賊〉のリーバーの方が自由自在に振る舞っているんだよな。
だからだ。
お前さんがもしも自由に動ける立場で、この奈落と定期交信できる術があるなら、この俺の代理人(エージェント)として、アランシアの現状のあれこれを探って欲しいわけだよ。
この俺は現在、遠見の水晶鏡でカラメール周辺地域の平和な光景なら、いろいろと映し出すことができる。これが、もしもアランシア北西部の方まで視界が広がるなら、ヤズトロモさんや噂の俺の娘、ええとリサ・パンツァだったか? それに愛する嫁の動向を見守ることもできるんだろうが、バイソスの奴がどういう調整をしたのか、今はカラメール周辺しか見えないと来ている。
便利な道具ではあるんだが、限られた地域の映像しか見えないのと、音声が届かないので、俺が欲しい情報がなかなか手に入らないわけさ。
え?
今は普通に音声で会話できているじゃないかって?
それは、こちらではなくて、そっちの装置の方が優秀だからじゃないか? いや、もしかすると、こっちの鏡にもそういう音声伝送機能が付いているのかもしれないが、俺がただ使いこなせていないだけかもしれん。
とにかくだ。
お前さんは、カデューサスとアレセア婆さん、それにあのリーバー以外で、俺が半年ぶりに聞いた人の声ってことだ。
ああ、カデューサスは人じゃなかったか。
まあ、アランシアの住人でまともな会話ができるなら、人だろうが異種族だろうが誰でもいい。
要するに、奈落の召使い以外で、アランシア人との会話に俺は飢えてるんだ。アレセア婆さんしか情報源がないのは、なかなか辛いぜ。彼女は博識だが、もう年だから活動的とは言いにくい。つまり、都会の最新情報ってのに疎いんだな。
マッドヘリオスが部屋で幸せそうに飯食ってるところを見ても(平和にやってることは分かるが)、話し相手にはならんし、
見習い魔術師だった少女メマが、エンシメシスさんのところで一人暮らししているのを見て(一応、アレセア婆さんに俺から後見役を頼んでみて、2人は定期連絡しているみたいだが)、たまに着替えのタイミングにかち合って、映像を他所に映し変えたり、
懐かしい人たちが幸せに日常を暮らしているのを見て、俺のやったことは無駄じゃなかったんだなあ、としみじみ噛み締めることはあっても、
会話ができないんじゃなあ。
何というか、人間らしい暮らしってものを忘れてしまうんじゃないかって気がして、もしかすると、こういう人としての孤独が俺から人間性というものを奪って、〈奈落の帝王〉としての暗黒面が育って行くんじゃないかって、バイソスの研究日誌を読んでると感じて来たわけさ。
そんな折に、お前さんからこうやって交信があったわけで、俺がお前さんに期待しているのは、適度に活動的で情報を持ってる地上の話し相手ってことさ。
やはり、奈落に引きこもって研究生活を続けてるだけだと、地上との会話が恋しくなるしさ。
こっちはこっちで鏡の調整をもっと上手くできるように頑張ってみるし、過去に飛ぶ手段ってのも調査中なんだが、他に気になるのはリーバーの動向さ。何しろ奴は、平和な社会だとバランスをとるためと称して、騒動を引き起こしかねないところがあるから、できるだけ監視しておきたいんだよ。
俺も地上に代理人(エージェント)を何人も派遣して、〈奈落探偵団〉みたいな組織を設立して、影の黒幕みたいに振る舞えばいいんじゃないかと思いついて、お前さんに団長をやって欲しいんだよ。
え? 〈奈落探偵団〉なんてダサい名前は勘弁だって?
だったら、名前はそっちで自由に決めていいからさ。とにかく、こっちはカラメール周辺の映像は何でも覗き見ることができる。そっちは奈落住まいの俺と交信ができる。だったら、お互いに協力すれば、何かの事件解決稼業ができるんじゃないの? って考えた次第だ。
おお、話に乗ってくれるって?
そうかあ。言ってみた甲斐があったぜ。
よし、これからお前さんは〈奈落の帝王〉リーサン・パンザの地上代理人1号だ。定期的に交信するようにして、ともにカラメール周辺の平和を守るように頑張ろうぜ。
え? 平和とかよりも、今、攻略中のダンジョンの地図を教えてくれって?
そういう要求かよ。分かった、待ってろ。こっちで見えている洞窟の透視図を紙に記録して、示してやるから。
昔、鍛えたトレジャーハンターとしてのマッピングの冴えを見せてやる。
冒険、頑張れよ。
あ、お宝が手に入ったら、しっかり見せてくれ。ちょっとした鑑定ぐらいならできると思うから。
俺に分からなくても、カデューサスなら分かるはず。
……こうして〈奈落の帝王〉リーサン・パンザは、地上のとある冒険者をサポート支援しながら、それなりに充実した引きこもり研究生活を続けて行くのでした。
彼自身の新たな冒険が展開されるのは、またいずれの話になるか、と。
(当記事 完)